日本における米の品薄状況の分析と将来予測

要約

本レポートでは、2024年夏頃から続いている日本の米の品薄状況(「令和米荒」)について、その原因、現状、将来予測を包括的に分析する。米の品薄状況は単一の要因ではなく、気候変動、農業構造の変化、需要構造の変化、消費者行動の変化、流通・在庫管理の課題など複合的な要因が重なって発生している。特に南海トラフ地震情報等による買い込み需要の急増と、メディア報道による消費者心理への影響が短期的な品薄状況を加速させた。将来予測については専門家の間で見解が分かれており、備蓄米放出の効果についても楽観的見方と悲観的見方が存在する。長期的には農業従事者の減少・高齢化という構造的問題が解決されない限り、根本的な改善は難しいと考えられる。

1. はじめに

2024年夏頃から、日本では米の価格高騰と品薄状況が続いている。農林水産省によると、全国のスーパーなどで販売された米の平均価格は、2024年6月頃までは5kgで2000円〜2200円を推移していたが、その後価格は上昇し、品薄となった8月には2600円を超え、2025年3月には5kgで4000円を超えるケースも見られている。

この現象は「令和米荒」と呼ばれ、多くのメディアで報道されている。一時期は品薄になった時期もあったものの、現在はどこのスーパーに行っても米は入手できるようになったが、2024年秋に新米が出た後も価格は安定せず、上がり続けている状況である。

本レポートでは、この米の品薄状況について、その原因、現状、将来予測を包括的に分析する。

2. 現状分析

2.1 価格の推移

農林水産省のデータによると、米の価格は2024年6月から約90%も高騰している。JA農協が卸売業者に販売する「相対価格」と呼ばれる米価(2024年産)は、60キログラム(一俵)当たり2万4665円(24年12月)にまで高騰しており、これは高米価を批判された食糧管理制度時代の米価、なかでも冷害による大不作で平成の米騒動と言われた際の米価をも上回る過去最高水準である。

2.2 生産状況

令和6年産水稲の収穫量(主食用)は679万2,000トン(前年産に比べ18万2,000トン増加)と見込まれ、全国の作況指数は101(平年並み)となっている。12月31日現在の1等米の比率は75.9%である。

2.3 販売状況

スーパーでの販売数量は令和6年4月以降徐々に増加し、特に8月には南海トラフ地震臨時情報、地震、台風等を背景に急な買い込み需要による著しい伸びが3週間続いた。その後、9月以降は前年を下回る水準~前年並みで推移している。販売価格については前年より高い水準で推移している。

2.4 在庫状況

2024年7月末の在庫は前年同期より40万トン少ない82万トンと近年にない低水準となっていた。毎月の販売・流通量が45万トンだとすると、7月末の在庫は8~9月の端境期までのコメ消費を賄えない異常な事態だった。

3. 原因分析

3.1 気候変動・異常気象の影響

2023年の酷暑による品質低下

2023年の持続的な酷暑により、日本の主要産地の稲米の品質が大幅に低下した。品質低下により精米過程で米が砕けやすくなり、市場に流通する米の量が減少した。統計上の総生産量は大幅に減少していないが、実際に流通する米の量が減少した。

生産量の変動

加工用米の生産量減少により、食品加工業者が一般消費者向けの米を購入するようになり、さらに需給バランスが崩れた。

3.2 農業構造の変化

農業従事者の減少・高齢化

高齢化社会の進行に伴い、農業人口が継続的に減少している。農業従事者の減少により、稲作面積や生産量が年々減少傾向にあり、後継者不足により耕作放棄地が増加している。

生産構造の変化

大規模農家への集約が進む一方、小規模農家の廃業が増加している。農地の集約化・効率化が進んでいるが、全体としての生産量維持が課題となっている。

3.3 需要構造の変化

外国人観光客の増加

2024年は円安の影響で外国人観光客が増加し、和食需要の高まりにより、米の需要が増加した。インバウンド需要が飲食店の米需要を押し上げた。

輸出の増加

日本国内の米需要減少に対応するため、農家や米生産者が輸出市場に注力している。日本政府は米輸出に補助金政策を導入し、農家の輸出拡大を促進した。円安により日本米が国際市場で比較的安価になり、輸出が有利になった結果、2024年の米輸出量は前年比23%増加した。輸出向けの米を国内向けに転用すると補助金が受けられないため、国内需要に対応できない状況が生じた。

食生活の変化と回帰

長期的には日本人の食生活の西洋化により米消費量は減少傾向にあるが、円安やロシア・ウクライナ戦争の影響で小麦価格が高騰したことにより、比較的安定していた米への回帰現象が発生した。

3.4 消費者行動の変化

災害への備えと買いだめ

宮崎沖の7.1地震後、南海トラフ大地震の可能性に関する報道により、備蓄目的の米購入が増加した。特に8月には南海トラフ地震臨時情報、地震、台風等を背景に急な買い込み需要が発生し、3週間にわたり著しい販売数量の伸びが続いた。

メディア報道の影響

米不足の報道が消費者の恐慌心理を刺激し、メディアの大量報道により買いだめ行動が促進され、品薄状況が加速した。台湾の2018年のトイレットペーパー騒動と類似した心理的要因が見られる。

転売目的の購入

茨城県結城市のJA直売所では外国人客による玄米3トンの大量購入申し出があり、転売目的と判断された。転売対策として玄米の販売を当面休止し、1日に購入できるコメを10kgまでに制限する措置が実施された。

3.5 流通・在庫管理の課題

端境期の在庫管理

端境期(旧米と新米の切り替わり時期)の在庫管理が不十分だった。農林水産省は端境期前から調査頻度を増やすなど情報収集・発信の強化を実施し、令和6年8月27日に、米の集荷業者・販売業者の全国団体に対して、端境期における主食用米の円滑な流通に関する要請を実施した。

備蓄米の放出タイミング

日本政府は約100万トンの備蓄米を保有しているが、秋の新米収穫を控え、市場価格への影響を避けるため備蓄米の放出を控えていた。2025年3月10日に政府が放出する備蓄米の初回入札が実施される予定で、3月下旬以降にスーパーの店頭に並ぶ見通しとなっている。

3.6 減反政策の影響

米の価格高騰の一因として、長年にわたる減反政策の影響も指摘されている。減反政策は2018年(平成30年)に廃止されたが、その後も米の生産量は増えず、むしろ米不足が発生していた可能性がある。特に、2024年10月の食糧部会で「新米が出回れば米不足は解消される」と断言されたことが、備蓄米の放出判断の遅れにつながったとの見方もある。

4. 将来予測

4.1 備蓄米放出の効果に関する見解

楽観的見解

一部の専門家は「4月頃には備蓄米を含めて安値で取り引きされた米がスーパーなどの店頭に本格的に並び始め、現在の販売価格の7割ほどに下がるのではないか」と予測している。特に西日本は次の新米の収穫時期が東日本より早いため、米不足という不安から生じていた一連の事態が解消されていく可能性がある。備蓄米の放出によって、米の買い付け競争が一定程度落ち着くとの見方もある。

悲観的見解

キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「将来的に国が買い戻す条件付きでJAなどの集荷業者に販売するとなっている。放出してもいずれ市場から引き揚げるのであれば、コメの供給量は増えない。これでは米価を引き下げる効果はなく、国民は高いコメを買い続けることになる」と指摘している。

集荷業者が高値で生産者から米を集めたことも価格高止まりの要因であり、安い備蓄米が市場に流れても、高く買った米を赤字で売ることはできないため、価格がすぐに元に戻ることは考えにくい。

4.2 今夏の需給見通し

在庫量の懸念

昨年夏の米不足を受けて、例年よりも早いペースで2024年産の新米が消費される事態が発生しており、「在庫水準がかなり危ういのではないか」との懸念が専門家から示されている。2025年夏も在庫量は逼迫する可能性が高いとの見方があり、その影響も考えると米の価格が元通りの価格まで下がるとは考えにくい。

農林水産省の見解

農林水産省は「今後、深刻なコメ不足は起きない」と予測している。主食用米の需要について、2024〜25年は前年実績に比べて31万トン減を見込んでいる。

民間の分析

日本農業新聞の試算によれば、21万トンの備蓄米放出が行われても在庫が不足する可能性がある。政府は備蓄米の放出を決めたが、このままでは昨年と同様、コメが店頭から姿を消すと予想する声も少なくない。

4.3 長期的な見通し

構造的問題

農家が一様に指摘するのがコメの生産力が低下していることである。農業従事者の高齢化と後継者不足により、長期的な生産能力の低下が懸念されている。

農林水産省、JA農協、自民党農林族の「農政トライアングル」は現在の異常な高米価を望ましいと考えている側面もあり、価格を下げる積極的な対策が取られない可能性がある。価格が上がると、零細な兼業農家でも利益が出るようになるが、このことによって農地の集約は進まず、非効率な兼業農家が残留し、国民は高いコメを買い続けることになっている。

2025年産米の見通し

一部の専門家は「2025年は作付面積が増え、生育が順調だった場合は秋に供給が過剰になる」と予想している。高値で買い集めた2024年度産も1年経てば古米になり、価格が下落する可能性がある。

4.4 対策の方向性

生産面での対策

安定生産のために農家ができることとして、農家1戸当たりの生産量を増やす取り組みが重要である。多品種を栽培して作期を分散することで、効率的かつ大規模な米の栽培が実現できる。データやAIを活用することで、異常気象でも減収リスクを抑えることが期待できる。例えば、ドイツの大手化学メーカーBASFが開発した栽培管理支援システム「xarvio®(ザルビオ)フィールドマネージャー」などの活用が考えられる。

流通・価格形成面での対策

転売の取り締まりなど、米の取扱い業者を限定するなどの対策も有効との見解がある。公正で適正な価格形成を行う市場の整備が必要との指摘もある。現在、主食のコメについては公正で適正な価格形成を行う市場が存在しない状況である。

5. 結論

「令和米荒」と呼ばれる米の品薄状況は、単一の要因ではなく、気候変動による品質低下、農業構造の変化、需要構造の変化、消費者行動の変化、流通・在庫管理の課題など、様々な要素が相互に影響し合って発生している。特に南海トラフ地震情報等による買い込み需要の急増と、メディア報道による消費者心理への影響が短期的な品薄状況を加速させた可能性が高い。

将来予測については専門家の間で見解が分かれており、備蓄米放出の効果についても楽観的見方と悲観的見方が存在する。短期的には備蓄米放出により一定の供給増加が期待できるものの、その効果は限定的である可能性が高い。中期的には2025年夏にも在庫逼迫の懸念があり、長期的には農業従事者の減少・高齢化という構造的問題が解決されない限り、根本的な改善は難しいと考えられる。

今後は生産性向上のための技術導入や、適正な価格形成のための市場整備など、複合的な対策が求められる。また、農政トライアングルの利害関係を超えた、消費者視点での政策立案も重要な課題となっている。

参考文献

  1. 農林水産省「令和6年度 米の流通状況等について」(令和7年3月17日) https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/r6_kome_ryutu.html

  2. NHK「コメの価格高騰 来週 備蓄米の入札へ 価格安定なるか」(令和7年3月7日) https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20250307/1000115012.html

  3. Japaholic「「令和米荒」是什麼?在日本還吃得到米嗎?日本國內米價漲幅創新高原因解析」(2024年9月26日) https://www.japaholic.com/tw/article/detail/940738

  4. 長友国際法律事務所「続くコメ価格高騰、1年で約2倍に!原因と今後の見通しについて」(2025年3月17日) https://nagatomo-international.jp/rice-soaring-prices/

  5. キヤノングローバル戦略研究所「だからコメの値段が下がらない、下げるつもりもない…」(2025年2月10日) https://cigs.canon/article/20250210_8632.html