コロナ渦なんぞなんのその!と鼻息も荒く、昨年の秋からパートナーを亡くした友人と毎月一回”お食事会”を催しております。

最初はふたりでなんとなくお昼を一緒にという軽いノリだったのですが、その友人と同じころにやはりパートナーを亡くした方をお誘いし、メンバーは三名に。

 

寡婦を捩って”カフカ会”などというネーミングで、今月は”フレンチ”、来月は“和食”、

次回は”イタリアン”と、すべて私が勝手に決めて勝手にお店も予約し、好き放題しているのですが、幸い毎回喜んで頂いております。

今のところはずれはなく、これも大昔に大阪の新聞社で三年近く”食ライター”をしていた賜物。昔取った杵柄が役立ってます。

 

 

噂を聞きつけた方が、先月から一名ご参加。

その方はご主人もいるし私の息子と同い年なのですが、若くて綺麗なので特別に入会を許可、な〜んて大層な会でもないですが。

 

昨日が丁度その会の日で、今回は”和”。

前菜からデザートまで9種類のお料理を楽しませてもらいました。

しかし、”和食”って本当に美しい。

こちらのお店は器にもことのほか思い入れがあり、お店オリジナルも多々あり出て来る器がどれもこれも気が利いてます。

思わず”売って下さい!”と言ってしまいました。

 

私は殆ど外食をしないので、月に一度のこういう催しは実に楽しく、心身のリフレッシュになります。

料理が大好きなのでついつい点数が辛口になるのですが、今まで行った店はどの店も料理を運んでくるタイミングが絶妙。間が良いのです。

 

 

演劇や歌舞伎、日本舞踊、落語、お笑いなどで言われる”間”という言葉がありますが、間が悪い、間に合わない、間違い、間に合わせる、間尺に合わない、間抜けとかとかいろんなところで”間”という単語を目にし聞きます。

外国のダンスやバレーなどには殆ど、その”間”を感じないのですが、これって日本独特なのかも知れません。

険悪な空気を取りなす時に”まあまあ”などとも使いますし、”まま、あることよ!”なんてぇことも言ったりしますよね。

武道や墨絵などは”間合い”をとても大切にします。

なにもない空間を感じることを私達日本人は無意識にしているように思います。

それができる日本の文化って素晴らしい!

 

”間”はまた”魔”ともいわれるそうですが、これも魔が差すなどと言う言葉があります。

字は異なりますが、”真に受ける”という言葉もよく耳にします。

待つ、祀る、”マ”って言霊として強い響きなのかも知れません。

 

”間合い”を英語で現すとすると、今盛んに言われている”ソーシャルディスタンス”ですか?

この時期、各々が自分の空間(間)を大事にすることが必須な気がします。

 

3月1日〜7日のお告げ

SACRED MOUNTAIN

聖なる山

 

思わず動揺してしまうようなことが起こる可能性の強い週になりそうですが、今週は動かざること山の如しという姿勢を貫いて下さい。

人それぞれ心を揺さぶられることは異なります。

ある人にとってはどうってことのないことでも、ある人にとっては死ぬの生きるのというような大袈裟な問題であったりもします。

 

自分自身に直接かかわりのない”事件”が友人たちに起こってくるという人も多々出てきそうですが、相談に乗ってもその渦に巻き込まれないようにして下さい。

3月に入ると季節を含め、あらゆる”気”が変動してきます。

これは5月ころまで続いていきますが、そのためのウオーミングアップをこの時期にするかしないかが、今後に大きく影響してきます。

自分のまわりのオーラを強化することに専念して下さい。

 

3月の第一週は呼吸を整え、丹田強化に努めて下さい。

丹田、いわゆる”肝”を据えることをマスターしておけば、なにがあっても難なくクリアーしていけます。

ストレスで喚き散らしたくなる人が多々出てきそうですが、そんなときは深い呼吸をして静かな音楽を聴く、気持ちが穏やかになる写真や絵、DVDなどを観るなど内面の波立ちを鎮めることをすることです。

目的を持たない散歩も効果的です。

木や小川のせせらぎを眺めたり、観葉植物を育てたりなどゆったりとしたリズムで積極的に自然に触れ合う機会を作る週になさって下さい。

 

 

 父は今年の1月で98歳になりました。

 安否確認のため週に一度くらいの割合で私の方から電話をするのですが、今朝は珍しく父の方から電話がありました。

「手羽先を買うたんやけど、どんな風にして食べたら美味しいやろか?ちょっと教えてくれへんか」。

 時折、料理を教えて欲しいと電話があります。

「メモせんでええのん?」。

 「覚えるから大丈夫」。

恐るべし、98歳!

 

 

 お昼に再度電話があり、「教えてくれたように下味を付けて片栗粉をまぶして、揚げたら美味しかった。今度は煮てみよかな?」。

 「スゴイやん!初めてやのに上手にできて良かったねえ」と褒めるととても嬉しそうでした。

 

 6年前に母が亡くなったのですが、母は亡くなるまでの4年ほどは歩くのが困難になり、それからは今までほとんど無縁だった家事を父が一人でこなしていました。

 母が亡くなった2015年以降、今も東京で一人暮らしをしています。

 ひとりで買い物に行き、食事はもとより、掃除、洗濯、すべての支払いや好きな番組の録画に至るまですべてを誰に頼ることなく、当たり前に行っています。

 弟が比較的近所にいるので、週に一度くらいの割合で様子を観に行くのですが、そのときも父が食事を作ってくれるそうです。

 我が親ながらスゴイよな〜、と思います。

 

 殆ど病気らしい病気もせず、本人曰く「最近は買い物の帰りはちょっと休憩が必要になってきた」そうで足腰も多少弱ってきているようですが、小声で悪口も言えないほど耳も受け答えもしっかりしています。

 かつて役者をしていたので、余程に腹筋が鍛えられているのかもしれませんが、私が思うに、自分が老いていくことを含め、日々起こって来ることに対していっさい抗うことのないまったくの”無抵抗主義”が元気の秘訣のような気がします。

 

 

 

自分のことを”老人”とは思っていないのと、未だに若かりしころの華やかで楽しかったことをしっかりと記憶していて、そのときの状況をフラッシュバックさせる才能に富んでいるようにも思えます。

 母が亡くなった翌年に私も伴侶を亡くしましたが、初めての一人暮らしが寂しく、猫を抱いてよく泣いていました。

 あるとき父に「お父ちゃんはお母ちゃんがいてへんようになって、寂しないのん?」と訪ねたことがあります。

 「そら、寂しいで。そやけどしゃーないやん。寂しがってても始まれへん。生きてるうちはできるだけ楽しい生きんとなぁ」。

 この人、特別宗教的でもスピリチュアルでもないのに、悟ってるぅ〜、と感心しました。

 

 

 コロナ渦のせいで楽しみ(週に2回カラオケで、時折老人会のイベントで自慢の喉を披露)が無くなり、「もうエエ加減生きててもなあと思うようになったけど、自分では死なれへんしなあ」とお互いに笑いながら話しているのですが、起こってくることを淡々と受け入れ、少しのことに喜べる、本当に逞しい人とはこういう人だと思います。

 私は父と気性が似ているせいか昔から相性があまり良くないのですが、最近は父のことが本音で愛おしく思えるようになってきました。

 

2月22日〜28日のお告げ

STORYTELLER

物語作家

 

 自分の人生は自分が紡ぎ出すものです。

もし、今とても理不尽な目にあっているとしても、それは自分が無意識に作り出している筋立てなのです。反対に快適な状況にあるとしたら、これも自分自身が作り出しているストーリーです。

 そんな訳はない!自分はこんなに一生懸命努力しているのに、なんでこんな目に遭わなければならないんだ!こんなの間違ってる!

では、間違いを正すことを考えてみることです。

 

 多くの人が”流されて”生きています。

 生まれたときから私たちはすでに”呪い”をかけられています。

 呪いというのは悪い意味で使われますが、のろいが悪ければまじないと言い換えましょう。

 そうなのです。

 好むと好まざるに関わらず、生物学的に”男”もしくは”女”としての性別、国籍、誕生日、両親、家庭環境etc.etc.・・・。

 生れ落ちる前に自分でそれらの諸々を選んで生まれてくると言われていますが、仮にそうであったとしても肉体を纏った時点でそれらを変更することは不可能であり、いやでもそれらの烙印を押され、そしてそれらは後々までもついてまわります。

 呪いは言霊ですから、その言霊が快ければそれはそれで良いのですが、もし不快であったとしても長年付いて廻る強烈な言霊からは、ちょとっやそっとでは逃れることは困難です。

「あなたは女の子なのだから」、「あなたはこの家を護る長男なのだから」、「日本人として・・」、「何月生まれはね、、」とかとかとか。

 その結果、押し並べて”流される”ことになるのです。

 

 今日を限りに、一旦自分を捨ててみて下さい。

 どんな風に自分は生きたいのか?

 自分が納得できる自分とは?

 私は私であって、あの人や、この人ではない。

 私の本当の思いや考えはどうなのか?

 私が本当に好きなことは?

 出て来る限り、自分に問うてみて下さい。

 そして、納得できる自分だけの物語を創り上げて下さい。

 

 

 その第一歩は、まずは自分を一旦バラして構築し直すこと。

 そのためのエクササイズは、ノートを用意し左右のページに今まで生きてきた中で楽しく快適だったことと、反対に思い出したくもない恥ずかしかったことや不快なことを書き出してみて下さい。

 この作業は面倒ですが(特にネガティブなことは誰しもスルーしたいものです)、書き出したことを第三者の視点で冷静に観、アドバイザーに徹することが本来の自分を見つけ出す近道となります。

 その作業を納得のいくまで進め、完了することが新しい自分との出会いの始まりとなります。

今週は時間の許す限り自分整理に専念し、魅力ある自分の物語を創作して下さい。

 

 

 

 

 

 

 私に言わせれば不思議でもなんでもないことなのですが、最近”不思議”な体験をなさる方々が私のまわりで増えています。

 

その1・妖精を観た

夜中に眼が醒めて、窓を観ると緑色に発光してている妖精が数人行進をしているのを観た。ご本人は寝ぼけていたのかも「しれないのですが、でもあまりにもリアルで、やはり起きていたと思いますが、気のせいというか、幻覚なのか?etc,etc,etc・・。

 

A・コナン・ドイル著

「妖精物語」

”実在する妖精世界”

 

 

その2・白っぽい煙を観た

仕事場でひとりで作業をしていたら、隣の部屋から煙が漂ってきたので、えっ?なに?と思って観に行くと白っぽい靄のような煙のようなものがモワモワしていて、やがて消えた。

「火事かと思ったんですが、違ったんですよね・・。一体なんなんでしょう?」。

 

その3・大事な遺失物がみつかった

がま口に入れていた大事なものをがま口ごと無くしてしまい、悲嘆に暮れていたら数日後にそれが見つかった夢を観た。それで何度も何度も確かめていたバッグをあきらめつつももう一度確かめたら、なんとそこにあった。

ご本人曰く「ホントに何度も何度も探したんですから、これって絶対ありえないんですよね〜!」。

 

まず1番目

波動が妖精たちとピタッと合ったんですね。

 

 

2番目

仕事場にいた人たちの残留思念が観えたんですね。

 

3番目

強い想いがテレポーテーションを起こしてくれたんですね。

 

私は今まで生きて来て何度も何度も何度も何度も・・、もっと強烈なのも含めこのような体験をさせてもらってるので、まったく不思議でもなんでもありません。

これからますます、こういう体験をなさる方が増えてきます。

怖がらずに楽しんで頂けたらと思います。

 

15日〜21日のお告げ

SPIRIT OF FIRE

変容

 

 

自分の裡に内在する火のパワーに注目!

火はすべてを焼くつくし、新たな再生を促します。

火は創造主からの贈り物です。

不必要になった物や意識を綺麗さっぱり焼尽して下さい。

先週も断捨離がテーマでしたが、今回はさらにもっと強い思いでメンタリティを鍛えるときです。

従来の化石化してしまった考え方や人間関係を清算するときです。

火のパワーによって不要なものを根こそぎ消滅させなければ変容は望めません。

 

火は使い方ひとつでどのようにも反応してくれます。

物理的には煮炊きをしたり、寒さを防いでくれたり、浄化をしてくれたり。

反対に火の逆鱗に触れるとこれは大変な悲劇となります。

今週は、まず朝目覚めたら太陽に向かい、感謝の念を持ってアファーメーションを唱えましょう。

時間を作ってキャンドルの炎を見ながらの瞑想も効果的です。

 

 

また、家庭内で火を使うときにもその都度しっかりと火に対して意識を向けること。

それらを儀式として行うことで自分のハートが暖かくなります。

ハートが暖かくなれば変容は自然発生的に起こってきます。

今週は四大エレメンツのひとつである”火”をリスペクトする週にして下さい。