判官贔屓
人は絶えず人目を気にしているからこそ劣等感に捉はれるのである。その意味では、強者に卑屈であるよりは、それに盾突く事によつてそれは更に醜く露出する。暗殺や黒人問題をアメリカの「恥部」と恥ずかしげも無く決め付ける時、今まで文句を付けたくても付けられなかった劣等感の復讐をそこに見る。。。(中略)
そうい劣等感の働きが反対の方向に向ふと、弱者や小国への同情となつて現れるが、それが口先だけのお為ごかしであり、優越感の裏返しに過ぎぬ場合が屡々ある。朝鮮人の中の心ある人なら、さういふ一部の日本人の心理を感じ取つていると思ふ。
(「偽善と感傷の国」 福田恒存 赤字 猫さん)
ベトナムに平和を!
第二次世界大戦でコテンパンにやられたアメリカへの劣等感(判官贔屓)
ベトナム難民
俺たちのせいではない。知ったこっちゃない。
北朝鮮帰還事業
「北朝鮮は地上の楽園。」
「共産主義中国には、売春婦はいない。蠅一匹いない。」(判官贔屓)
独裁国家
俺たちのせいではない。責任取るのは嫌だ。
私が、トラブルに巻き込まれたのも、この「判官贔屓」が原因。
皆が、「弱者の味方」したがる。
でも、本当の愛情って、何等かの自己犠牲が伴うものだと思うんですけどねぇ。。。