まさかの金曜リリース

まったく油断したわ

出先でちょうどプレミア公開が終わった直後に気が付いた

またもや電車内で視聴

ふとムックとどっちが大きいだろうと思うw

ぜひ二人で並んで連弾してもらいたい

衣装?小道具?置き場どうしているんだろうとそちらも気になる

変装メインで増える一方だしねw

 

彼らしい選曲

観客にこびないね。相変わらず

そこはストピ当初から一貫している

当時、都庁ピアノで音ゲー曲弾いたのって彼くらいじゃない?

そういった曲があるということもその動画で知ったわ

 

最近アレンジをいろいろチャレンジしているのかな

それともその場の雰囲気で決めているのか

若干、音数が増えているように思う。”映え”を狙っているか

彼のことなので一つ一つこだわりを持ってやっているのだろう

答えはわからないままだろうが、そういった小さな変化も楽しんでいきたいと思う

 

 

 

 

 

どうでもいい話と思っているが、少しだけ

 

このところ、に限らずネットピアノ界隈でちょこちょこ配信者が話題にするマナー系の話

該当配信者のリスナーの反応としては決まって、「言いにくいことを言ってくれてありがとう」「○○さん/くんは悪くないです」「自分もやってしまっているかもしれないので気を付けます」という前向きな受け止めが多くみられる。

そしてそれに対し、「彼」のリスナーの反応は、「わかりやすい」「伝え方が上手」という”好評”というかむしろ言いたいのは”それに比べ、、”的なうらやむ、disるニュアンスでの意見が散見

 

 

配信者が「言いにくいこと」を言っているか?

については懐疑的。「え?それ言う?」というある意味タブー的なことを口にするのであればまぁそういう反応も理解できるが。そうだな例えば、「コメントすんな。動画回しとけ」みたいな本音ド直球なら ←コラコラ、”ここ”にピリピリしている某配信者のリスナーを刺激するのはやめなはれ((失言失礼

 

戻って

多くの人が感じている不快感、やめて欲しいと思ていることをを配信者が口にすることに対してさほどハードルが高いとは思えない。

事なかれ主義なのか、過度な「個々」の尊重なのか、「言いにくいことを、、」といった反応の方が違和感感じる。

 

そして「ありがとう」には、本来ならリスナー間で解決するようなこと、配信者に迷惑をかけてしまってごめんなさい、的な意味を感じる。あなた様は一体何様ですか?マネージャかファンクラブの会長様か何かですか?

そんなつもりで言っていないことは百も承知。が、しかし発信前に少し考えればどう見られるかはわかるはず。

 

「気を付けます」の人は内輪受けや「赤信号、みんなで渡れば、、」系の人なんだろう。

その方が楽しいし、みんなやっているし。と周りが見えなくなるタイプ。こういう自分を律することが出来ない人は世の中大勢いるしルールはしっかり明文化、破った時にはどうなるかをきっちり教えてあげないとダメなんだろうね。

 

典型的な反応。こういった反応だからこそ配信者はあえて口にしないといけない事態に陥るんだろうね。これが彼の言う「異質」な感覚の一角なのかもしれない

 

 

 

で、「彼」と比較しての反応の方

まず「わかる」か「わからないか」というのは、自分がそれを咀嚼して理解しようとする気があるかどうかがまず最初のステップ

理解できない、わかりにくい、のではなく、理解しようとしていない、わかろうとしていない、と言った方が正しい

 

他の配信者の言葉が「わかりやすい」のはそれは自分が理解しようとしてるから

いや、理解うんぬんではなく、自分にとって受け入れやすい内容だから

「わかりやすい」と言っている人たちは、自分が配信者がNGと言っているNGラインからずっと離れた「常識人」であると思っているから、その非常識行為を禁止されたとしても痛くもかゆくもない。

「わかりやすく伝えてくれてありがとう」ではなく「そのラインで線引きしてくれてありがとう」と言いたいのであろう

 

一方、一部の人にわかりにくいと言われる「彼」

それは彼が白黒明確なボーダーを引いていないからではなく、受け入れられない拒絶反応。それを他の配信者のめっちゃ低いボーダーと比較して「わかりやすい」「わかりにくい」論で語る

 

つまり、「わからない」というのは具体性、細かい詳細なボーダーの位置ではなく、自分の応援ポジションに踏み込まれ「もっと下がれ」と言われたことに対する反発。それを他の配信者と比較して「わかりにくい」と論点をずらしているだけ

 

わざわざここで指摘せずとも半分くらいは自ら気づいている。自衛、他責感が強い人は現実逃避ゆえに「本気」でそう思い込むので、正面からズバリ言っておくのも意味あるだろうと思うのであえて言及する

 

彼は明確にネットピアニストとは一線を画そうとしている。ゆえに活動内容もアプローチもすべてが違う。彼のことが「わからない」や伝え方問題だという論点ずらしに関しては、彼、そして他の配信者、それぞれの背景やビジョンの違いを認識しているかというのも、そもそもある

 

 

 

 

 

Next

 

Youtube、ほんとにいろんなコンテンツがある

目にしているのってほんの一握り、ほとんどのコンテンツは多くの人の目に触れずに終わるのだろう

ネットピアノで一般人の参入が増え、同じようなサムネイルが、という話をしたが、その中でのパイの取り合いではなく、それ以外、その何百、何千倍もあるコンテンツ視聴の間での競争。そこでの視聴者層、トレンドを把握しないと生き残れない

つい彼の周りの同業者の動向だけに目を向けがちだけど、彼らのほとんどはYoutubeの中では無名の存在

同好会、同人誌といったようなものだろう

世間一般に知られる”メジャー”になるには壁のように高いハードル

 

というのをYoutubeコンテンツを眺めながら考えていたら、たまたま2年前の彬音さんの「登録者100万人おめでとう」動画が出てきた

久々。それこそ2年ぶりの視聴かもしれない

その動画の中にあった言葉

 

一つの音色がそこに生まれた
たくさんの人々に届いていった
好奇心、探求心、様々な挑戦をし続け
きっとこれからも”笑顔”を届けていける
沢山の感動をありがとう

 

これは刺さるよね、、、

それこそ「10万人」を目指すのも夢物語という時代からの付き合い

どんな時でも何も言わずにただ静かに見守ってきた関係

常に適度な距離感を保ち、干渉せず

そんな友人からの祝辞

このように見てくれ応援してくれていたんだと

ファン千人、1万人からの心のこもった祝辞でも、たった一人のこの言葉にはかなわない。自分だったら号泣する

 

彼の周りには彼に引かれ助けてくれる友人が多くいると思っている

彼の実感や言葉とは裏腹に、多くの人から関心を持たれ守られていると思っている

 

自分は若干ファン歴4年の若輩者。売れる前から関わってきた多くの友人と比べると、彼のことを何も知らないのだと思う

友人ではなくただの一リスナー、一ファン。垣間見れるほんの少しのヒントから想像するしかない。ほんとの彼のことは一生知ることはないと思っているし、彼も知られることを望んではいない。

それでも可能であれば友人の彼らと同じスタンス、目線、距離感で今後も存在したいと思う。おこがましいこと、どれだけ時間をかけても並ぶことはできないことは十分わかりつつ、そう望まずにはいられない

2年前の、彼の大事な友人の動画を見ながら、この先の自分に思いを馳せる

 

 

 

今日もふらふら思考しつつ思った雑感

お付き合い、感謝!