学園祭の銀河鉄道999を見返して、今更ながら気が付いた

あ、こっちが本家の方かと

前奏やコードがいつもと違うと思っていたけど、いつも弾いているのはJacobさんバージョンだったね

それ以前の演奏動画は見つからず、本家バージョンを弾いているのは初めてでは?

本家バージョンを聞きなれていないから不思議な感じ

本家だろうがアレンジだろうが自由に切り替え、大舞台でも当たり前のように楽譜なしで演奏、ブラボー!(旬な言葉を使いたいだけ笑

 


黒沢さんとのLive

千本桜、前のCASで話していた高木さんのワザをさっそくも使ってたね

どうやって弾いてるんだ?こんなんできない、って言ってたのに

時間もたたずに怪盗しとるやん

写真集の中のインタビュー記事で某C氏が”吸収早そう”って言ってたけど、やっぱりねって

あのワザ、いろいろアレンジのアクセントとして使えそう

今後の曲への入れ込みも注目していきたい

 


プロセカ解禁

匂わせ、事前予告を経て

コメント欄、にぎわっているね。プロセカ界隈の人たち

たまたまYoutubeで見てコメントしてきたのだろうか

それとも潜りのリスナー、薄いリスナーだったのがネタにつられて表に出てきたのだろうか

ともあれこの数は知名度あってのコメント集約だと思うので成功では。彼が「緘口令」をひかなければ不要なコメントが混在してカオスな感じになっていただろうから、これを見る限り緘口令をひいたこともそれを順守するリスナーも両方とも

よかったなと思う

 

余談ですが、まさかの25分超、長いやろww

例のごとくお昼ご飯を食べにレストランに入ったところだったんですよ

で注文した後に始まったんだけど、その注文した料理がちょっと手間がかかるものだったらしく「お時間25分いただきたいのですがよろしいでしょうか?」と聞かれたのよね。25分、長いなと思ったんだけど「大丈夫です」と答えた

ピッタリですよ。ピッタリ

動画終わるのと料理が運ばれてくるのとで

他の料理も合わせて持ってきてくれたので、連れの方々は25分も待たされることになり申し訳なかったけど、自分はパーフェクトな動画鑑賞からのランチとなりました

期せずして

 

 

作曲家-第五人格

また面白そうな企画の匂わせ

Pチャン、ということはネタではなく本格的な演奏ってことね

おぉー楽しみだわ

プロセカに続いて別な界隈の方々が沸いている

やっぱりここも知名度

 

学園祭での生徒のリアクションでも思ったけど、あのリアクションがもらえるのってピアノ系Youtuberだと彼とハラミちゃんしかいないでしょ
ま、他のピアニストだったらドッキリをやる発想はないだろうし、そもそもドッキリにならないことは認識しているだろうから

ドッキリが再生数を稼げるという現状を見た時に、「ドッキリ」ができるということはアドバンテージが大きい

いろんなドッキリのやり方があるだろうけど、知名度を使ったドッキリは定石

別業界とのコラボも知名度があってのこと

いろんな戦術、選択肢があるというのは今後の進め方において有利

これからの動向も楽しみにしたい

 

 

 

岡本太郎

唐突に

BlackFridayゆえか?Amazonが書籍のバーゲンをしていた

今回たまたま欲しい本がありAmazonを覗いたら、定価1,584円のものが499円になっていた。あ、Kindleです

ちなみにその本、冊子も持っていて定価の1,760円で購入した。Kindleの方が読み返しやマーキングなど、扱いやすいので何度も使う場合はKindleでも買う

 

定価の1/3ってビックリ そんなの見たらリコメンドも漁っておこうって気になるじゃん

で、見だしたら急に購買意欲に火がついて、気が付いたら8冊も買ってしまった。バーゲンになっていない本も含み その2日前にちょっと難しそうな本を買ってしまってそれもまだ途中なのに煩悩には勝てなかったわ

 

そのうちの1冊が岡本太郎氏の「自分の中に毒を持て」

96年に亡くなられていて、その3年前の93年に出版された本

 

知り合いに熱烈な岡本太郎ファンがいて、話をしてくれていたがその時には流して聞いていた。少し敬遠していた理由として芸術家ならではの変人っぽいところ。おそらく理解不能、分かり合えないだろうという印象と偏見

でも頭の片隅に残っていたんだろうね。ずいぶん時を経たけど、「変人」が誰かさんと被るところがありw、手を出してしまった

 

感想としては、結構まともだった

ハチャメチャなこと、???なことが書かれているのではと思ったんだけど、違った。大戦前生まれで両親も芸術家、10代でパリに留学10年間も。芸術だけではなく、哲学、社会、民族学などを学んでいる。そして帰国後に兵役、大戦も経験

1930年代、10代で10年間も留学できる環境にあったこと、自我の芽生えが早く、社会、大人というものを子供の時から悟っていたこと、など最初から”普通”ではないけど、根本は「自分」というものを相対的ではなく絶対的なものとして見てきた、社会・哲学等の学問的知識を持って世の中の構図を冷静かつ正確に把握していたことがすべてだと思った

 

気になった言葉を抜き出してタイトルをつけてみる

岡本氏と自分、岡本氏と彼、これを対比させながら読んだ

 

 

//社会のベルトコンベア

人生うまくやろうなんて、利口ぶった考えは誰でも考えることで、それは大変卑しい根性だ。

世の中うまくやろうとすると、結局、人の思惑に従い、社会のベルトコンベアの上に乗せられてしまう。一応世間体もよくうまくいくかもしれないが、ほんとうに生きているのではない。

流されたままで生きているに過ぎない。

システムの中で安全に生活することばかり考え、危険に体当たりして生きがいを貫こうとすることはまれである。自分を大事にしようとするから、逆に生きがいを失ってしまうのだ。己を殺す決意と情熱をもって危険に対面し、生き抜かなければならない。

これが岡本氏の人生観なんだと思う。ここの箇所で「この人は社会を見えている」と思ったのと、(こうすれば世の中うまくやれると)見えていてあえて「ベルトコンベアで流されない人生」を歩むべきだと主張。なぜならば、流され世の中うまく生きていくことの代償は「生きがい」。生きていくうえで最も重要なものを犠牲にすべきではないということ。

 

 

//生きがい、好奇心の源

ぼくは朝から夜まで、丸一日絵を描き、文章を書き、彫刻にナタをふるう。全部まったく無条件に自分を外に向かって爆発させていく営みだ。この瞬間に、無条件な情熱をもって挑む。いのちがぱあっと開く。それが生きがい。瞬間瞬間が新しい。好奇心と言えばこれが好奇心の源だろう。

何かすごい決定的なことをやらなきゃ、なんて思わないで、そんなに力まずに、ちっぽけなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。失敗してもいいから

「まったく無条件に外に向かって自分を爆発させる」「無条件な情熱をもって臨む」ならば「瞬間瞬間、新しいもの」を得ることができる。小さなことでも「心の動く方向にまっすぐにいく」。心の動く方向に素直に従えば、無条件な情熱はあるはず。「生きる」上で重要なことを示唆してくれているように思う。

 

 

//挑戦

もし食う事だけを考えるなら迷う必要はない。そうじゃないから迷うんだ。危険だ、という道は必ず自分の行きたい道なのだ。本当はそっちに進みたいんだ。だからそっちに進むべきだ。誰だって人間は弱いし自分が大事だから逃げる。頭で考えていい方を選ぼうなんて思ってたらなんとかかんとか理屈をつけて安全な方に行ってしまうんだ。

挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者とではまったく天地のへだたりがある。
挑戦した不成功者には再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが挑戦を避けたままで降りてしまったやつには新しい人生などはない。ただただ 成り行きにまかせてむなしい人生を送るに違いないだろう。それに、人生にとって成功とは一体何だろう。結局のところ、じぶんの夢に向かって自分がどれだけ挑んだのか、努力したのかどうか、ではないだろうか。夢がたとえ成就しなかったとしても、精一杯挑戦した、それで爽やかだ。

じぶんの夢に向かって自分がどれだけ挑んだのか、努力したのか。

危険という道は必ず自分の行きたい道、そっちに進むべき。

「挑戦」とは何か。危険を伴わない、努力を伴わない「挑戦」は「挑戦」ではないということ。やり遂げたいこと、夢、それが原点

 

 

//決意

意志を強くする方法なんてありはしない。そんなに余計なことを考えるより、本当に今やりたいことに全身全霊をぶつけて集中することだ。ひたすらそれを貫いてみる。はたからみれば、あの人はなんという意志の強い人なんだろうということになるんだ。

人間はじぶんをきつい条件の中に追い込んだ時に、初めて意志の強弱がでてくる。この点を実に多くの人が勘違いしている。例えば、画家にしても才能があるから絵を描いているんだろうとか、情熱があるから行動できるんだろうとか人は言うが、そうじゃない。逆だ。何かをやろうと決意するから意志もエネルギーも噴き出してくる。何も行動しないでいては意志なんてものはありゃしない。

ニワトリ卵

意志があるから決意する、行動する

のではなく

決意して行動する、から意志もエネルギーも出てくる

全身全霊をぶつけて集中し、ひたすら貫く。そうしたら強固な意志が見えるということ。

 

 

//覚悟

よく、”どうしてそんなに自信があるんですか”とか、”自信に満ちていてうらやましい”とか言われる。だが、ぼくは自信があるとは思っていない。自信なんてものは、どうでもいいじゃないか。そんなもので行動したら、ろくなことはないと思う。ただ僕はありのままの自分を貫くしかないと覚悟を決めている。それは己自身をこそ最大の敵として、容赦なく闘い続けることなんだ。

自分を貫く覚悟を決める。それは己を最大の敵として闘い続けること。

自分を貫くために自分と闘う。弱い自分、流される自分、危険を避ける自分、そういった自分と闘うという事。

 

 

//孤立、プライド

友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹を決めて自分を貫いていけば、本当の意味でみんなに喜ばれる人間になれる。

大切なのは他に対してプライドを持つことではなく、自分自身に対してプライドを持つことなんだ。他に対してプライドを見せるということは、他人に基準を置いて自分を考えていることだ。他人に基準を置いて自分を考えていることだ。そんなのは本物のプライドじゃない。たとえ、他人に馬鹿にされようが、けなされようが、笑われようが、自分が本当に生きている手ごたえを持つことがプライドなんだ。

自身を貫くためには孤立も受け入れる。自分が本当に生きている手ごたえを持つことがプライド。「生きている手ごたえ」こそが「自身を貫く」ことであり「挑み続けること」であり「生きがいをもって生きる」ことなんだろう。

 

 

まとめ

 

「生きがい、好奇心の源」すなわちそれは「自分を貫く」こと

それには、
「社会のベルトコンベア」から離脱すること
「挑戦」する「決意」をし、自分を貫く(=自身と闘う)「覚悟」を決めること
「孤立」を恐れず「プライド(=自分が生きている手ごたえ)」を持つこと
 


まだ若い「彼」ではあるが、この基準を高いレベルで実行しているように思える。

世に影響力を及ぼす力を持つ人には共通する生き様がある。

 

一方、自分はどうだろうか?

”自分が生きている手ごたえ”

”ちっぽけなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ”

このあたりから自身と向き合っていこうかと思えた一冊。