本日のネタは「やちまた」。
八衢と書き、文字通り、道が八つに分かれている所。
いくつもに枝分かれしている所。
分かれ道が多くて迷いやすい事の喩え。

八(や)衢(ちまた)と読み、
衢の「ち」が道で、「また」が股だそうどす。
因みに、千葉県の八街の名は、
明治2年に江戸幕府の軍馬の放牧地であった、佐倉や小金の「牧」を開墾する事が決まり、明治5年から開墾が開始され、その開墾の順番で名付けられた事に由来するとか。

現在の鎌ヶ谷市にある旧初富村に始まり、(現在の)船橋市二和、三咲。
柏市豊四季。
松戸市五香、六実。
富里市七栄と続き、八番目という事で八街になったようです。


さて、またまた本題から逸れてしまいますので、この辺で本筋に戻します。
今回の『物申す』(エガちゃんか!)は、
分かれ道、分岐点の事にございます。
大震災以来、
政(府)、官(僚)、報(道)、経(済界)の見え見えの嘘に気づき始めた我々国民。
ある者は、今日もデモに勤しみ、
ある者は、聞こえないフリをして精一杯の作り笑いで日々をやり過ごし、
ある者は、「どうせ何も変わらないさ」と
ふて腐れて昨日の続きの愚かな時を過ごし…。


ヒンドゥー教の教えにある有名な言葉を引用します。
『心が変われば、態度が変わる。
態度が変われば、行動が変わる。
行動が変われば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。
人格が変われば、運命が変わる。
運命が変われば、人生が変わる。』


逆に考えると、
『心が変わらなければ、態度は変わらない。
態度が変わらなければ、……、
人生は変わらない。』
とも言えるわけです。

さて、あなたは、
そして私は、変わる事はできるのでしょうか?

心⇒態度⇒行動⇒習慣⇒人格⇒運命⇒人生。
壁は大きいようですが、果たして…。

皆様の、そして私の幸運を祈ります。
('◇')ゞ
明治4年7月 廃藩置県により中央集権への足場を固めた政府は、
11月 岩倉具視を特命全権大使とする欧米先進国への外遊団107名を派遣。
岩倉始め、木戸孝允、大久保利通といった首脳クラスに加え、伊藤博文、山口尚芳を副使として、
表向きは欧米先進国の視察、友好を目的としたが、翌年に控えた条約改正の予備交渉として各国を訪問し元首に国書を提出するという裏事情(改正するには1年の猶予をもって通告するという取り決め)もあった。

元々は大隈重信の発案で、小規模な交渉の為の使節団の派遣を予定していたらしいのですが、政治的思惑などから、
「こいつが行くならあいつも」
「俺も俺も」などとなり?人数が膨れ上がってしまったようですが、これ、国民から集めた税金なんですよね。

横浜港を11月に出発した一行は、太平洋を渡りサンフランシスコに上陸。
様々な施設等を見学した後、大陸を横断してワシントンD.Cを訪問。
交渉などを行いながら何と8ヶ月も滞在。その後に大西洋を渡ってイギリスでも4ヶ月、フランスで2ヶ月と(結果的に)無駄に?時間を費やし、12ヶ国を訪問し終え、帰国したのは、明治6年9月ですから、約1年10ヶ月の長期外遊となってしまった訳です。


無論、これにも得たモノは沢山あったでしょう。
しかし、何も結果を持ち帰る事が出来なかったのも事実です。
欧米側にとっては非常に美味しい条約を簡単に改正できるはずもない事は、聡明な木戸や大久保らにも分かってはいたでしょうが…。


憲法改正や、橋下氏の発言で霞んでしまった感のあるTPP。
一度結んでしまったら、後から「不平等条約だから改正して!」と言っても簡単に変えられないのは歴史が証明しているのですが…。

「国益」を楯に、また詭弁で強行するのでしょうか?
何と言っても、支持率70%らしいですから…。(; ̄Д ̄)
今日、たまたま聴いた♪ファイト♪(吉田拓郎版)
何度聴いても歌詞が心に突き刺さる歌だと感じたので1番だけ文字起こしします。
作詞作曲 中島みゆき『ファイト』。


あたし中卒やからね
仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は
とがりながら震えている

ガキのくせにと頬を打たれ
少年たちの眼が歳を取る
悔しさを握りしめ過ぎた
拳の中、爪が突き刺さる

私、本当は目撃したんです
昨日 電車の駅、階段で
転がり落ちた子供と突飛ばした女の薄笑い
私驚いてしまって
助けもせず叫びもしなかった
ただ恐くて逃げました
私の敵は私です

ファイト!
闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!
冷たい水の中を震えながらのぼって行け



様々な局面で日々戦いに明け暮れる日常という戦場。
自宅の玄関を一歩出れば、
そこは他人の思惑なども蠢く戦場です。
『私の敵は私』
考え方1つで思考も行動も変えられます。日々、自分に後悔しないように生きていけばそれで良いのではないでしょうか?
棺桶に入る時は自分ひとりになるんですから…。

ファイト!