平家物語ネタでもう一発。
平安時代だから、京都の祇園だとばかり思っていたら、実はインドのようで…。
σ(^◇^;)。
釈迦が説法を行った五つの精舎(寺院)の一つで、他に竹林、大林、誓多林(せいたりん)、ユーコリンは置いといて那蘭陀寺(ナーランダ)という寺院があったそうです。
祇園精舎は、ジェータ(祇陀)太子の森にスダッタという身寄りのない者に施しをする(給孤独者)という奇特な富豪が建てた寺院という事に由来し、両者の名を冠して祇樹給孤独園と呼ばれたのが始まりだそうで、非常に奥の深いご縁があったようでございます。
江戸期の徳川家光の時代には、アンコールワットの寺院群を祇園精舎と思い込み図面まで作り長らく崇めていたようですが、明治末期に建築家が誤認に気づいたようで、それでも信仰心には変わりはなかったでしょうから、気持ちの問題なのでしょう。
気休めとバッサリ斬ってしまっては身も蓋もございません。L(・o・)」
平家物語は、源氏を倒して栄華を極めた平家、没落し始めた平安貴族、そして再び源氏と戦い、敗れて滅亡していく平家の人間模様を描いているようで組織の興亡という点から現代にも当てはまりそうな話がチラホラ垣間見えます。
祇園精舎の鐘から響く音色は、滅び行く者たちにどんな風に聴こえたのだろう?
傲慢に我が世の春を謳歌した者の最後に何が待っているのかは知らんが、今もなお、鐘は鳴り響いているのかも知れない。
組織の存続の為にと人の命を軽んじるのは何も今に始まったことではないのだろうけど…。
「うたかたの ゆめ幻が 流れ行く」
時は人の為には動かず、大自然もまた然り。
あれも欲しい、これも欲しいじゃ器に入りきりませんわね…。
足るを知り、腹八分でか~るく生きて行く方が幸せかもね。
(^o^)/
平安時代だから、京都の祇園だとばかり思っていたら、実はインドのようで…。
σ(^◇^;)。
釈迦が説法を行った五つの精舎(寺院)の一つで、他に竹林、大林、誓多林(せいたりん)、ユーコリンは置いといて那蘭陀寺(ナーランダ)という寺院があったそうです。
祇園精舎は、ジェータ(祇陀)太子の森にスダッタという身寄りのない者に施しをする(給孤独者)という奇特な富豪が建てた寺院という事に由来し、両者の名を冠して祇樹給孤独園と呼ばれたのが始まりだそうで、非常に奥の深いご縁があったようでございます。
江戸期の徳川家光の時代には、アンコールワットの寺院群を祇園精舎と思い込み図面まで作り長らく崇めていたようですが、明治末期に建築家が誤認に気づいたようで、それでも信仰心には変わりはなかったでしょうから、気持ちの問題なのでしょう。
気休めとバッサリ斬ってしまっては身も蓋もございません。L(・o・)」
平家物語は、源氏を倒して栄華を極めた平家、没落し始めた平安貴族、そして再び源氏と戦い、敗れて滅亡していく平家の人間模様を描いているようで組織の興亡という点から現代にも当てはまりそうな話がチラホラ垣間見えます。
祇園精舎の鐘から響く音色は、滅び行く者たちにどんな風に聴こえたのだろう?
傲慢に我が世の春を謳歌した者の最後に何が待っているのかは知らんが、今もなお、鐘は鳴り響いているのかも知れない。
組織の存続の為にと人の命を軽んじるのは何も今に始まったことではないのだろうけど…。
「うたかたの ゆめ幻が 流れ行く」
時は人の為には動かず、大自然もまた然り。
あれも欲しい、これも欲しいじゃ器に入りきりませんわね…。
足るを知り、腹八分でか~るく生きて行く方が幸せかもね。
(^o^)/