今日は2回目のLDセンターでした。

前回は広く浅くといった感じの検査でしたが、

今回は書字と読字について狭く深くの検査。


ひまわりくん、長時間でしたが

本当によく頑張ってくれました。

えらかったよ、ひまわりくん泣き笑い



検査が終わったあと、

検査をしてくださった先生と

学校での困り事などについて少しお話しました。

話をしている中で、

『お母さん、ひまわりくんに

字を綺麗に書かせたいんですか?』

と聞かれました。

えっ?当然じゃないか…と思いながらも

『もちろんです。

せめて他人が見て読める程度の字くらいは

書けるようにしてあげたいと思ってます。』

と迷わず答えました。

そのために、平日学校を休んでまで

LDセンターまで通ってるんですから!と。


でも、私のその答えに

先生は少し驚かれたような呆れたような

そんな表情でした。

そしてこう話して下さいました。


『お母さん、極端な話をすれば、

漢字なんて書けなくても良いんです。

読めて、意味がわかればそれで良いんです。

そうすれば文章が作れ、表現が出来るのです。

それが書くことよりも大切な事です。
 
これからもっとデジタルな社会にもなります。

キーボード入力でも、音声入力でも、

『言葉』を使えればそれで成り立つんです。

それなのに、

苦手な『書く』ことにパワーを使えば

やる気をなくしてその先に進めなくなります。

何が大切なのか、

まずは価値観を見直しましょう。 

何を達成すべきなのか

そのための方法は何がベストなのかを

それを考えましょう。

そしてその価値観を家族や本人、学校とも、

共有していくことが大切ですよ。

それによって合理的配慮が生まれます。

本人が『人と違うことが嫌』だと

合理的配慮を嫌がることもあるでしょうね。

これからの年齢(小学校高学年)は、

自己理解を深めるとても大切な時期です。

自分の得意・不得意をきちんと知っていることは

これからの長い人生でとても大切な事です。

本人が

『〇〇するためには✖️✖️の方法がやりやすいな』と気づいて

それが他人と違った方法でも

自分に合っている方法だと納得すれば

合理的配慮も受け入れやすくなります。

自己理解を深めるために

障害名を伝える必要はありません。

個性だと受け止めて、

"〇〇は苦手だから△△の方法にしてみる?"と

その都度、本人と一緒に

どうすれば良いか考えていけば良いのです。』




先生と話して、はっとしました。

『合理的配慮を受けさせてあげたい』自分と

『人並みに字を書けるようにさせてあげたい』自分とがいたことに気がつきました。


でもその二つは相反するものだったんです。

文字を書かなくても目標を達成できる方法を見つける事こそが、合理的配慮だったのに。

文字を綺麗に書くことではなく、文字を使いこなすことが重要なのだと、とても大切な事を教えてもらいました。


今日は反省の日でした。

こうやって、私も親として一つずつ日々勉強です。

そして、

こうやって身をもって学んだ事を、

同じように困っている誰かに伝えられたら

何かしらの力になれたら…

そう思います。