6月20日木曜日18時35分ごろ。毎日・読売・朝日そして中日の各紙がネット上に速報を掲示。日経もすぐにトップページに。

 大ニュースだ。

藤井聡太 敗れる

藤井聡太 初失冠

藤井聡太 八冠陥落(翌朝毎日新聞一面見出し)

 新聞社の速報を見るまでもなく、実は私はその瞬間をAbemaテレビで、ライブで見ていた。18時10分ごろにアプリを起動して。

 将棋八大タイトルの一つ【叡王戦】(不二家、日本将棋連盟主催)最終第五局。2勝2敗で迎えたこの対局に勝った方が【叡王】のタイトルを得る。

 アプリを起動して数分。藤井叡王への挑戦者・伊藤七段の次の一手で藤井の玉が詰む(王様が捕らわれる=負け)状態になる。ということは、藤井が勝つには、逆に伊藤の王様を、王手の連続の末に詰ませるしかない。

 藤井はそれを試みる。しかし、Abemaのコンピュータが示す両者の勝つ確率は、藤井の値がどんどん下がり、ついに1%となる。つまり、伊藤が勝つ確率が99%

 うつむき、髪をかき上げ、落ち着かない様子の藤井が写される。

 だが、やがて座り直して背筋を伸ばす藤井。すると、画面は藤井のアップから、両対戦者が左右に将棋盤を挟んで向かい合う、正面の画像に切り替わる。

「負けました」

 藤井が右手を真っ直ぐに、甲を上にして将棋盤の少し上の高さ、すなわち、捕った相手の駒を置く台を塞ぐ形で差し伸べ、頭を下げる。

 八大タイトルを独占していた藤井が、その一つを失った。

 おそらく、最後の10分くらいは、藤井は自分の負けを悟りつつ指していたのだろう。だから、態度は落ち着かず、体の角度を変えたり、髪をかき上げたりしていたのだ。

 それを、気持ちを落ち着けて、きちんと座り直して、然る後に自らの負けを認める。

 美しい。

 

 6月9日の阪神タイガースVS西武ライオンズ(甲子園)の試合。

 最近の私は土曜日に所要があることが多く、その反動で日曜日はほとんど外出しない。そのため、日曜の午後はプロ野球のテレビ中継(=阪神の試合)を観ることが続いた。

 その試合、阪神の才木投手が相手を7回までノーヒットに抑えていた。もちろん無得点。

 そして、その裏、阪神が3点を取って3対0とリードする。

 不調で、サッカーみたいに監督を交替させるほど低迷している西武が相手であることを考えると、勝負は決し、関心は、才木が今年3人目のノーヒットノーラン(無安打無得点試合)を達成するかどうかに移った。

 ところが次の8回表。何球かを投じた才木が突然、マウンドを降りてベンチに引っ込んでいったのである。

 ケガ?!

 ここまで既に6勝(現在8勝でリーグトップ)を挙げている超重要な投手。今年のエース。

 心配する観客・・・

 数分後に彼は戻ってきた。

 そして、2球だけピッチング練習をした後、審判に試合続行OKを告げる。

 私が印象に残っているシーンはこの次。

 才木は、西武ベンチに向かって帽子を取り一礼した。

 自分の都合で試合を中断させて申し訳ありませんでした。そんな感じ。

 阪神にとって大事な投手。しかも、まだまだシーズンは続く。おそらく、ノーヒットノーランがかかっていなかったら、マウンドを降りた時点でそのまま交替していたであろう。記録達成のために、攣った足を治療した上で続投したのだ。

 結果として、この直後に安打を許し、記録は達成できなかった。なので、才木は試合後のヒーローインタビューで開口一番

「悔しいです」

 と述べている。勝ったのに。

 今年の阪神のエースである。日曜日にテレビで見るたびに投げていて、そして勝っている。阪神ファンの間では既に「才木様」と呼ばれている。

 野球の実力だけでなく、きちんと相手に礼を尽くすところも、まさしく才木様。ケガを乗り越えてここまで来た経験、そして、股関節の柔軟性をつけるトレーニング(*1)で身につけた脚を高く挙げるフォーム。

 美しい。

 

***** ***** *****

 

 この試合からもう一つ。

 3対0とリードした阪神がさらにチャンス。ここで前川選手の打った飛球は右翼の後ろへ。本塁打か、悪くても二塁打か。勝利を確実にする追加得点が入るに違いない。

「やった!」

 西武の右翼手・長谷川選手が全速力で追いかけ、左腕を伸ばしてこの飛球をつかみ、そのままフェンスに激突。そして地面に転がり込む。

 だが、ボールは落とさない。

 ファインプレー! 阪神に追加得点を許さない。

 「あーあ」。残念がる阪神ファン。

 しかし、ベンチに帰る長谷川選手に球場全体から拍手が送られる。阪神ファンがほとんどを占める甲子園で。

 確かに、ここは甲子園である。しかし、高校野球ではない。プロ野球である。昔なら

「アホ! 何で捕んねん」

「お前誰や、余計なことすんな」

 みたいなヤジが飛んで然るべきシーンだ。

 この拍手は、勝利がほぼ確実になった阪神ファンの余裕といえないこともない。相手も弱いし(*2)。

 しかし、この現象から言えるのは、甲子園球場に集ったこの日の観客は、阪神ファンである前に

野球ファン=スポーツファン

 だということだ。

 良いプレーを見せてもらってありがとう、西武の長谷川選手。私もあんたのことを、この日まで全く知らなかったよ。

 

藤井聡太 21歳

伊藤匠  21歳

才木浩人  26歳

長谷川信哉 22歳

 

*1:6月18日辺りのNHKニュースで紹介されていました。

*2:正直、ここ数年の西武ライオンズからは球団経営への真剣さが感じられない。身売りを考えているのだろう(私個人の見解です)