1月8日からの大雪により翌9日から11日まで、福井市周辺の北陸道と国道8号線で車の立ち往生が発生した。

 このニュースを聞いて「またか」と思ったのは私だけではないだろう。そう、2018年にも、ほぼ同じ箇所で8号線の立ち往生が発生しているのである。

 その時の立ち往生区間は今年よりも長く、北は石川県加賀市内にまで伸びていた。当時、これを伝えるニュースを東京で聞いていて、TVから私の生家に近い超ローカルな加賀市の地名が聞こえてきて、びっくりした記憶がある。私の生家から国道8号線までは1㎞しかない。

 なので、周辺の地理は良く知っているし、その8号線も何度も走ったことがある。だから、2018年の立ち往生の原因は、石川・福井県境の峠部分が山道であることと、その区間は車線が減って片道1車線しかないことだと考えた。この意見には石川県加賀市在住の家族、福井県福井市在住の知人も賛同した。

 ところが、今回の立ち往生区間はこの県境部分に達していない。福井県内で完結している。あれ? と思った。今回の立ち往生の原因には大型車の交通事故もあったそうだし、高速道路会社のミスという側面もあるようだが、地図を見ているうちに、福井市近辺の道路構造に問題があるのではないかと気づいた。

 問題というと福井の方には酷かもしれない。地形上の欠点というか、福井平野、あえて言えば福井「盆地」の形状により、福井市近辺に交通が集中してしまうという構造が存在しているらしいのだ。

 福井市周辺を、件の福井市在住の知人と何度か車で一緒に回ったことがあって、そのときに私は変な感想を漏らしている。「越前って結構東西に長いね」(私にとって「福井」は福井市中心部のことだけを指す語である)。

 石川県は南北には長いが東西の距離は本当に短い。かつ、石川間南部すなわち加賀の東側にはすぐ白山が迫り、平野は、南北に長いだけで東西方向には狭い。つまり、南北方向に走る道路に東西から次々と車が押し寄せる、ということには加賀ではなりにくいのである。

 これに対して福井を中心に見てみると、東は大野や勝山などの盆地から、西は越前岬や三国などの海から、様々な道が福井に集まってきている。しかも、国道8号線と北陸道はかなり近接していて、交通量を分散する構造にはなっていない。今回も、やっと北陸道を降りた車が8号線で再び立ち往生にはまったという報道がある(福井新聞オンライン)。福井近辺の幹線道路には、東西南北あらゆる方向から車が押し寄せやすいのである。

 これは、金沢との対比でも気づいた。

 金沢は、東側の山をぶち抜くトンネルをいくつか作って「山側環状」という市街地の東側を迂回する道路を開通させている。この道路は、すでにあった海(西)側の国道8号線のバイパス機能を果たしている。

 8号線は何度も走ったことがあるが、山側環状はできてから比較的新しいので、私は1回しか走ったことがない。その時の感想を申せば、すごく中心街を迂回しているなあ、道路の狭い中心街にあまり車を入れないようにしたい金沢市民の執念を感じるなあ、ということ。そうした目的もあるには違いない。

 福井にも、市街地の東側を通る8号線の他に、市街地の西側を南北に走って8号線の交通量を分散する道路が必要なのかもしれない。まあ、私は国土交通省や建設会社の回し者ではないけれど、8号線が通行止めになってスーパーから商品が消えた、などという新潟県上越や糸魚川の話を読むと、やはりバイパス=副=バックアップ系は必要である。いつも仕事でお世話しているコンピュータシステムだって最近は必ずバックアップ系を用意して、本来のシステムがダウンしてもすぐにバックアップ(副)がその機能を代替するように作るからね。

 

 さて、地図を見ていて気づいたこと。

 私の生まれ育った石川県加賀市は石川県の最南部であり、福井県と境を接している。加賀市から福井県に抜ける道は、国道8号線と北陸道以外に2本ある。

 1本は国道305号線で、ほぼ海岸を走り、吉崎御坊、松島水族館、そして東尋坊などの近くを通る。越前に入ると北潟湖という湖の湖岸線を走るのが楽しい(加賀から越前に入る直前で北潟湖の東西を走る2本の道に分岐するのだが、県境越えの道としては1本にカウントする)。

 もう1本は山中温泉から大内峠を越える国道364号線で、いまは山中温泉と永平寺との間を観光用の路線バスが走っている。越前側にはつづら折りがあるなど、結構険しい山道である。

以上の表現で分かるように、どちらも大型トラックやトレーラーが通過できる道ではない。遠回りにもなることから、8号線の迂回路としては使えない。

 このほかの石川県(加賀)と福井県(越前)を結ぶ道路といっても、石川県小松市から福井県勝山市に抜ける国道416号線と、石川県白山市白峰からやはり勝山市に抜ける国道157号線の2本しかない。いずれも峠越えの山道。157号線は県境がトンネルだが、今は雪深いことであろう。

 この県境は山が続き、以外と「難所」なのだ。

 

 飛騨まで続くこれらの山々で生きてきた「山の民」の伝承と加賀一向一揆を結びつけた歴史小説が北方謙三の『魂の沃野』(中央公論新社刊)。彼の作品の中では評価は決して高くないが、蓮如の吉崎はもちろん塔尾(とのお)なんていうローカルな地名まで出るなど、今の加賀市周辺が主要舞台になっていて私には楽しく読めた。

 

 北陸でドカ雪が降れば、立ち往生まではいかずとも、多少の渋滞や交通マヒは避けられない。何、昔は雪が積もれば北陸のスーパーから青物(野菜)が消えたものだよ。母たちはそれに備えて一生懸命漬物を漬け込んでいたんだから。

 それは一向一揆の時代でもそうだったのではないだろうか。

 その習慣は私も受け継いでいる。ぬか床の作り方は少し違うけれど。