
お母さん。いや、おかん。
あなたは54年と言う短い人生でした。
11年前の6月8日、あなたは私にはじめて
涙をみせました。
手術室へと入っていきました。
翌日の朝4時まで掛かった手術に耐えましたが、そのまま目を覚ます事は、ありませんでした。そう。取らなくて良い所まで切除して
血管にまでがん細胞が回ってた。
すぐ閉じてくれてたらまだ生きていた。
完全なる医療事故であなたはこの世を去った。
その時に病院がいかに汚い所かよく分かった。
もう、12年か〜‼️
その間離婚もしたし、
今の旦那さんと出逢う事も出来ました。
岡山で亡くなって、そのまま葬儀もしたから地元に帰って来れず。
生前、死んだら地元に帰りたいとずっと
言ってたのに‥私が散々家族にお願いしたけど
聞く耳持たずか極論を言われる始末。
民生委員もしてた母。
一人暮らしや高齢の夫婦の家に声掛けして
弱い立場の人を守る貴方の背中を見て私は
育ちました。
貴方が亡くなってから何人の人に
惜しまれて、貴方のお母さんは
○○だった。と未だに言って貰えたり
本当の娘のように気にかけてくれたり
貴方の人柄のお陰で沢山の母親代わりがいます。
貴方が今も、生きてたら息子の事も
きっと溺愛してくれてたんだろうな。
生きていたら息子も乳児園に入らず
済んだんだろうな
貴方が生きてたら買い物行ったり
旅行行ったり。親子としての時間が
生前は無かったから
『これから』が沢山あったのにな。
その『これから』をあの医者に
奪われたんだよな。
そう思うと今も、あの医者の
手術室から出てきた時の手の震え
青ざめた顔。一生忘れることはないでしょう。
北新地で遊んでから岡山は美作市まで
お墓参り行って今から神様と話すから
それを待ってます。
今日も沢山話そう。
沢山吐き出して元気を貰おう。