第四章 陸軍による源泉掘穿工事と訴訟
嘆く行基和尚に、明覚は次のように語り始めたのである。
木崎山代町長からの督促方要請の陳情書に対して、県警は調停者としての立場から、山代鉱泉宿組合長宛に、[どうして契約を守れないのか]と書面で質問状を発した。やがて鉱泉組合に代わって大溜組から県警宛に回答書が送られてきました。それによると、[大溜組は県警察部長との約束で和解事項を実施しようとしていた矢先に緊急事態が発生した。その為に約束が守れなくなった]と回答したのである。
その緊急事態とは、陸軍が勝手に山代分院敷地内において源泉の掘穿工事と、電動機による揚湯工事をしていたことが判明したとのことである。それ故に鉱泉組合と陸軍省との間に、あらたに深刻な紛争が発生した。よって町当局との約束程度(軽く考えられたか)のことは後回しで、今は【それどころでは無い】と回答したのである。
ことの始まりは、次のことが原因であった。
昭和3年5月頃、金沢憲兵隊長、久留島群造は鉱泉営業組合員と薬師堂で会い、分院で削井工事を実施する事の了解を求めた。これ以降、陸軍と営業組合との交渉となったが、陸軍は分院内の給水設備の要求とともに湯量の不足と送湯施設の不備をあげ、営業組合の協力を求めたから、削井の目的が温泉掘削を意味することは明らかであった。営業組合は掘削が既存源泉に影響することを強調し、工事の実施を止めるよう強く申し入れたが、陸軍は「軍部ノ必要ニ基ヅキ当然ノ権利ヲ行使スルモノ」(昭和5年1月23日第九師団経理部長、大内球三郎より営業組合代表者正木哲郎宛文書)との態度で反対を無視し、昭和5年2月、ついに削井工事に着手した。
明覚は当地の温泉に関する事態が、山代町当局、山代鉱泉宿組合、陸軍省の三つ巴となって複雑かつ長期にわたる争いが、ここから始まったと解説した。(後の裁判記録によると昭和5年2月21日に陸軍が掘削工事に着手したとある)
山代分院では、近年特に増えてきた収容患者の給水用の井戸掘穿の名目で、鉱泉組合の猛反対を押して掘穿した結果、源泉が湧出し、昭和5年3月13日、そこから電力で揚湯を開始した。
やがて山代温泉において自然湧湯していた既存の全源泉が、見る見るうちにその水点を下げて地上から温泉の姿は消え去り、枯渇した旅館の営業が出来ない危険状態が現れ始めた。それは山代温泉の歴史上初めての事態であった。
鉱泉組合は直ちに金沢地方裁判所に対し、【陸軍による掘穿工事停止の仮処分申請】をした。当時は日支事変を経て、大東亜戦争に向かっていた日本であり、特に威勢を誇りふるった陸軍省を相手に訴訟を起したのである。当時の組合側の苦悩と決意は凄いものであった。
この訴訟に関する組合側の代表挌は永井寿氏(あらや)。一方同時期には共浴場問題で町当局との対決も抱えており、この方の組合側の代表格は、松木幸一氏(大のや)と正木哲郎氏(白銀屋)であった。町当局と鉱泉組合が共に被害者となって、一緒に加害者である陸軍省に対して戦うべきところであったが、町当局と組合側の間には共浴場問題で不信感が増しており、いがみ合い訴訟まで行われていた仲であり、到底共同歩調をとれる状況ではなかったのである。この時点において、鉱泉組合は、対陸軍との係争が重点で、共浴場問題を顧みる余裕もなかった。早くに共浴場問題を解決しておけば、陸軍との闘いには、町当局及び町民を味方に付けることが出来たのである。他方、町当局も新事態に直面しても方策がなく、鉱泉組合との紛争にのみ没頭していた。本来ならば、対組合との闘いを一時保留して共に陸軍省との闘いを優先すれば良かったのに、町当局は、この問題については傍観者の立場となり、対陸軍問題は専ら鉱泉組合に指導権をとられ、鉱泉組合が後にこの戦いに勝利した以降は、組合にリードされっぱなしの結果を生み、戦わざる者の悲哀を、その後、長く味わうことになったのである。
行基 「山代が一つに結集すりゃ強い力になるのになぁ。その後の山代の歴史でもお互いに手を携えてまちづくりを行なうことが困難なのは、これが原因かも・・・・・」
明覚 「しかし、時の陸軍を相手に戦うとは。鼠が象を襲うようなもんでしょうなぁ」
行基と明覚は顔を見合わせて大きくため息をついた。
鉱泉組合は分院における電力揚湯に対し、掘穿工事の停止を求める仮処分の申請のみならず、同日付をもって、組合員全員の連名で原告(申請人)となり、国を被告人(被申請人)として金沢地方裁判所に、【鑿井工事廃止及び復旧工事施行】の訴訟(本訴)を起こしたのであった。
仮処分申請文面の事実関係の一部は次の通りであったと、明覚は行基和尚に、裁判記録を提示した。(本訴の事実関係も同様の文面であったとされている)
(事実関係)
1・申請人等ハ石川県江沼郡山代ニ於テ、温泉営業ヲ営ムモノニシテ、古来同所小字拾八ノ温泉地区内数ケ所ヨリ湧出スル温泉ヲ引用シテ各自ノ営業用ニ供シアルモノナリ。
2・申請人等ハサキニ金沢衛戍病院山代分院ニ於テ給水設備ノ為メ、其敷地ノ一隅(右山代温泉地域ヲ去ル僅カニ、三、四間ノ個所)ニ六百尺ノ深井ヲ掘鑿セントスル計画アルヲ聞知シ、若シ之レガ実施ノ場合申請人等引用ノ温泉湧出量漸次減少シ温度モ亦異常ニ低下シタルニ付、大イニ驚キ、全ク前記鑿井工事ノ実施上既ニ掘鑿セル抗口(目下四百八拾尺掘鑿シアリ)ヨリ揚水シタル為メ多量ノ温泉漏出シタルコトヲ発見シ被告人ニ対シ、揚水ノ中止ヲ交渉シアル折柄午後三時頃ニ至リ、申請人等引用ノ温泉ハ枯渇シ全然湧出セザルコトトナリ、営業休止ノ余儀ナキニ立至ルベキ現状ヲ目撃シタル為メ、幸ヒニ漸次温泉再湧出シ翌朝ニ至リ約八分通リ原状ニ回復シタルモ、未ダ全ク復旧セズ困難ヲ極メアルモノナリ。
(要約)被告山代分院(陸軍)が、敷地内の山代源泉に近い場所で、約百八十メートルの深さの井戸を掘る計画を知り、これが実施されると、現在湧き出ている山代の温泉の湯量、温度が低下する恐れがある。ところが既にこの工事が進み、予定より浅い部分で大量の温泉が湧き出たことを発見した。直ちに揚水中止の交渉に入るも、午後三時頃には旅館側の温泉が枯れ、全く出なくなった。営業中止となる状況だったが、幸いにも再び湧出し、翌朝には八分通り回復したものの、全面復旧は困難である。
3・以上事実ニシテ申請人等ハ被申請人ノ鑿井工事ノ為メ、古来当温泉ヲ利用セル既得ノ権利ヲ侵害セラレ多大ノ損害ヲ被ムルヲ以テ、被申請人ニ対シ該鑿井工事ヲ廃止シ原状ニ之ヲ回復スベキ適当ナル工事ヲ施設スベク請求スルモ之ヲ肯ンゼズ、不日再ビ之ヲ続行セントスル意向ナルヲ以テ余儀ナク本案訴訟提起ニ及ビタルモノナリ。
(要約)これは事実であり、古来当温泉を利用する既得権を侵害すれば大損害を被るので、工事を廃止して原状に回復するような工事を要求したが応じず、再びこれを続行する意思があるようなので止む無く本件提訴することにした。
行基 「いよいよ陸軍相手に本格的な裁判が始まったのか。ところで明覚上人や、組合側に少しでも勝ち目はあるんかのぅ」
明覚 「はい、当時の陸軍は、太陽を西から上げる位の勢力ですからね。例え法律上で負けることがあったとしても、それを上回る権力発動をするかも知れませんからね。」
4・然ルニ本案訴訟御審理中猶ホ該鑿井工事ヲ継続スルニ於テハ、再ビ温泉湧出量ノ減少ヲ来タスコトハ前記事実ニ依リ明カニ証明シ得ラルル事実ノミナラズ、之レガ完成(猶壱百弐拾尺掘鑿スルモノ)ノ暁申請人等引用温泉ハ全ク枯渇シ営業廃止ノ惨状ニ陥ルコトハ自明ノ事実ナリト請フベク、被申請人ハ前記温泉湧出量ノ減少ヲ一時ノ現象ニ過ギズトシ、将来果シテ此ノ如キ悪影響ヲ及ボスヤ否ヤハ、該工事完成ノ上ニアラザレバ判明セズト主張シ、若シ悪影響ヲ及ボス場合之レガ復旧工事ヲ実施スル程度ニ於テ考慮スベシト、極メテ曖昧裡ニ工事ヲ進行セントスルモ、該工事ガ申請人等引用ノ温泉ニ悪影響ヲ及ボスコトハ、今ヤ推定ノ問題ニアラズシテ既ニ実現シタル実際問題ニ属シ、且被申請人ハ当初単ニ給水設備ヲ理由トセシモ漸次温泉ヲ湧出セシメ、申請人等ヨリ分離シアル温泉量ノ不足ヲモ補フ目的ヲモ有スル旨声明スルニ至リシヲ以テ、従ツテ其目的ヨリ出デタル該鑿井工事ノ完成シタル場合ハ、同一方向ニアル温泉脈ハ悉ク之ニ向ッテ集中シ、上層ニ位スル申請人等引用ノ温泉ノ全部枯渇スベキコトハ、火ヲ見ルヨリモ明カニシテ一朝此ノ如キ事象ヲ現出シタル以上、之ガ復旧ハ絶対ニ望ミ得ベカラズ、遂ニ申請人等ノ既得ノ権利ハ消滅シ山代温泉ハ廃絶ニ陥ル次第ナルヲ以テ、申請人等権利ヲ保全スル為メ本案極メテ切迫セル事情ナルヲ以テ速カニ御決定アランコトヲ切望ス。
昭和5年3月17日
右申請人訴訟代理人(弁護士)
乾 亮・横井伊佐美・木下兼久・村沢義二郎
金沢地方裁判所長判事 井上鉄太郎 殿
(要約)このように本件審理中にも工事を続行しており、再び温泉が減少し、完成すれば全てが枯れて営業出来ないことは明白である。ところが陸軍側は、温泉が減少するのは一時的で、将来に於いて影響を及ぼすかどうかは、完成してみなければ分からないと主張している。実際に枯渇現象を起しており、また、陸軍は当初単なる井戸水(給水)設備を理由に掘削しながら、不足する温泉を掘っていると声明。工事が完成すれば、同一方向にある温泉脈は、ことごとく当該井戸に集中し、高い位置に該当する旅館側の温泉は全部枯れることは、明らかである。復旧出来なければ、山代温泉は廃絶に陥る。従って私どもの権利を保つために、速やかに決定させることを切望する。
行基 「明覚上人や。このまま続けると山代の源泉が無くなるのかな」
明覚 「ハイ。自然に湧き出てる状態の源泉近隣の場所に、百数十メートルを超える井戸を掘ったんでは、当然高い所から低い所に流れるでしょうなぁ」
行基 「トホホ、わたしの発見した源泉が無くなる恐れがあるのか。裁判の結果が気になるのう」
明覚 「はい。長い裁判になりますよ、これは・・・」
嘆く行基和尚に、明覚は次のように語り始めたのである。
木崎山代町長からの督促方要請の陳情書に対して、県警は調停者としての立場から、山代鉱泉宿組合長宛に、[どうして契約を守れないのか]と書面で質問状を発した。やがて鉱泉組合に代わって大溜組から県警宛に回答書が送られてきました。それによると、[大溜組は県警察部長との約束で和解事項を実施しようとしていた矢先に緊急事態が発生した。その為に約束が守れなくなった]と回答したのである。
その緊急事態とは、陸軍が勝手に山代分院敷地内において源泉の掘穿工事と、電動機による揚湯工事をしていたことが判明したとのことである。それ故に鉱泉組合と陸軍省との間に、あらたに深刻な紛争が発生した。よって町当局との約束程度(軽く考えられたか)のことは後回しで、今は【それどころでは無い】と回答したのである。
ことの始まりは、次のことが原因であった。
昭和3年5月頃、金沢憲兵隊長、久留島群造は鉱泉営業組合員と薬師堂で会い、分院で削井工事を実施する事の了解を求めた。これ以降、陸軍と営業組合との交渉となったが、陸軍は分院内の給水設備の要求とともに湯量の不足と送湯施設の不備をあげ、営業組合の協力を求めたから、削井の目的が温泉掘削を意味することは明らかであった。営業組合は掘削が既存源泉に影響することを強調し、工事の実施を止めるよう強く申し入れたが、陸軍は「軍部ノ必要ニ基ヅキ当然ノ権利ヲ行使スルモノ」(昭和5年1月23日第九師団経理部長、大内球三郎より営業組合代表者正木哲郎宛文書)との態度で反対を無視し、昭和5年2月、ついに削井工事に着手した。
明覚は当地の温泉に関する事態が、山代町当局、山代鉱泉宿組合、陸軍省の三つ巴となって複雑かつ長期にわたる争いが、ここから始まったと解説した。(後の裁判記録によると昭和5年2月21日に陸軍が掘削工事に着手したとある)
山代分院では、近年特に増えてきた収容患者の給水用の井戸掘穿の名目で、鉱泉組合の猛反対を押して掘穿した結果、源泉が湧出し、昭和5年3月13日、そこから電力で揚湯を開始した。
やがて山代温泉において自然湧湯していた既存の全源泉が、見る見るうちにその水点を下げて地上から温泉の姿は消え去り、枯渇した旅館の営業が出来ない危険状態が現れ始めた。それは山代温泉の歴史上初めての事態であった。
鉱泉組合は直ちに金沢地方裁判所に対し、【陸軍による掘穿工事停止の仮処分申請】をした。当時は日支事変を経て、大東亜戦争に向かっていた日本であり、特に威勢を誇りふるった陸軍省を相手に訴訟を起したのである。当時の組合側の苦悩と決意は凄いものであった。
この訴訟に関する組合側の代表挌は永井寿氏(あらや)。一方同時期には共浴場問題で町当局との対決も抱えており、この方の組合側の代表格は、松木幸一氏(大のや)と正木哲郎氏(白銀屋)であった。町当局と鉱泉組合が共に被害者となって、一緒に加害者である陸軍省に対して戦うべきところであったが、町当局と組合側の間には共浴場問題で不信感が増しており、いがみ合い訴訟まで行われていた仲であり、到底共同歩調をとれる状況ではなかったのである。この時点において、鉱泉組合は、対陸軍との係争が重点で、共浴場問題を顧みる余裕もなかった。早くに共浴場問題を解決しておけば、陸軍との闘いには、町当局及び町民を味方に付けることが出来たのである。他方、町当局も新事態に直面しても方策がなく、鉱泉組合との紛争にのみ没頭していた。本来ならば、対組合との闘いを一時保留して共に陸軍省との闘いを優先すれば良かったのに、町当局は、この問題については傍観者の立場となり、対陸軍問題は専ら鉱泉組合に指導権をとられ、鉱泉組合が後にこの戦いに勝利した以降は、組合にリードされっぱなしの結果を生み、戦わざる者の悲哀を、その後、長く味わうことになったのである。
行基 「山代が一つに結集すりゃ強い力になるのになぁ。その後の山代の歴史でもお互いに手を携えてまちづくりを行なうことが困難なのは、これが原因かも・・・・・」
明覚 「しかし、時の陸軍を相手に戦うとは。鼠が象を襲うようなもんでしょうなぁ」
行基と明覚は顔を見合わせて大きくため息をついた。
鉱泉組合は分院における電力揚湯に対し、掘穿工事の停止を求める仮処分の申請のみならず、同日付をもって、組合員全員の連名で原告(申請人)となり、国を被告人(被申請人)として金沢地方裁判所に、【鑿井工事廃止及び復旧工事施行】の訴訟(本訴)を起こしたのであった。
仮処分申請文面の事実関係の一部は次の通りであったと、明覚は行基和尚に、裁判記録を提示した。(本訴の事実関係も同様の文面であったとされている)
(事実関係)
1・申請人等ハ石川県江沼郡山代ニ於テ、温泉営業ヲ営ムモノニシテ、古来同所小字拾八ノ温泉地区内数ケ所ヨリ湧出スル温泉ヲ引用シテ各自ノ営業用ニ供シアルモノナリ。
2・申請人等ハサキニ金沢衛戍病院山代分院ニ於テ給水設備ノ為メ、其敷地ノ一隅(右山代温泉地域ヲ去ル僅カニ、三、四間ノ個所)ニ六百尺ノ深井ヲ掘鑿セントスル計画アルヲ聞知シ、若シ之レガ実施ノ場合申請人等引用ノ温泉湧出量漸次減少シ温度モ亦異常ニ低下シタルニ付、大イニ驚キ、全ク前記鑿井工事ノ実施上既ニ掘鑿セル抗口(目下四百八拾尺掘鑿シアリ)ヨリ揚水シタル為メ多量ノ温泉漏出シタルコトヲ発見シ被告人ニ対シ、揚水ノ中止ヲ交渉シアル折柄午後三時頃ニ至リ、申請人等引用ノ温泉ハ枯渇シ全然湧出セザルコトトナリ、営業休止ノ余儀ナキニ立至ルベキ現状ヲ目撃シタル為メ、幸ヒニ漸次温泉再湧出シ翌朝ニ至リ約八分通リ原状ニ回復シタルモ、未ダ全ク復旧セズ困難ヲ極メアルモノナリ。
(要約)被告山代分院(陸軍)が、敷地内の山代源泉に近い場所で、約百八十メートルの深さの井戸を掘る計画を知り、これが実施されると、現在湧き出ている山代の温泉の湯量、温度が低下する恐れがある。ところが既にこの工事が進み、予定より浅い部分で大量の温泉が湧き出たことを発見した。直ちに揚水中止の交渉に入るも、午後三時頃には旅館側の温泉が枯れ、全く出なくなった。営業中止となる状況だったが、幸いにも再び湧出し、翌朝には八分通り回復したものの、全面復旧は困難である。
3・以上事実ニシテ申請人等ハ被申請人ノ鑿井工事ノ為メ、古来当温泉ヲ利用セル既得ノ権利ヲ侵害セラレ多大ノ損害ヲ被ムルヲ以テ、被申請人ニ対シ該鑿井工事ヲ廃止シ原状ニ之ヲ回復スベキ適当ナル工事ヲ施設スベク請求スルモ之ヲ肯ンゼズ、不日再ビ之ヲ続行セントスル意向ナルヲ以テ余儀ナク本案訴訟提起ニ及ビタルモノナリ。
(要約)これは事実であり、古来当温泉を利用する既得権を侵害すれば大損害を被るので、工事を廃止して原状に回復するような工事を要求したが応じず、再びこれを続行する意思があるようなので止む無く本件提訴することにした。
行基 「いよいよ陸軍相手に本格的な裁判が始まったのか。ところで明覚上人や、組合側に少しでも勝ち目はあるんかのぅ」
明覚 「はい、当時の陸軍は、太陽を西から上げる位の勢力ですからね。例え法律上で負けることがあったとしても、それを上回る権力発動をするかも知れませんからね。」
4・然ルニ本案訴訟御審理中猶ホ該鑿井工事ヲ継続スルニ於テハ、再ビ温泉湧出量ノ減少ヲ来タスコトハ前記事実ニ依リ明カニ証明シ得ラルル事実ノミナラズ、之レガ完成(猶壱百弐拾尺掘鑿スルモノ)ノ暁申請人等引用温泉ハ全ク枯渇シ営業廃止ノ惨状ニ陥ルコトハ自明ノ事実ナリト請フベク、被申請人ハ前記温泉湧出量ノ減少ヲ一時ノ現象ニ過ギズトシ、将来果シテ此ノ如キ悪影響ヲ及ボスヤ否ヤハ、該工事完成ノ上ニアラザレバ判明セズト主張シ、若シ悪影響ヲ及ボス場合之レガ復旧工事ヲ実施スル程度ニ於テ考慮スベシト、極メテ曖昧裡ニ工事ヲ進行セントスルモ、該工事ガ申請人等引用ノ温泉ニ悪影響ヲ及ボスコトハ、今ヤ推定ノ問題ニアラズシテ既ニ実現シタル実際問題ニ属シ、且被申請人ハ当初単ニ給水設備ヲ理由トセシモ漸次温泉ヲ湧出セシメ、申請人等ヨリ分離シアル温泉量ノ不足ヲモ補フ目的ヲモ有スル旨声明スルニ至リシヲ以テ、従ツテ其目的ヨリ出デタル該鑿井工事ノ完成シタル場合ハ、同一方向ニアル温泉脈ハ悉ク之ニ向ッテ集中シ、上層ニ位スル申請人等引用ノ温泉ノ全部枯渇スベキコトハ、火ヲ見ルヨリモ明カニシテ一朝此ノ如キ事象ヲ現出シタル以上、之ガ復旧ハ絶対ニ望ミ得ベカラズ、遂ニ申請人等ノ既得ノ権利ハ消滅シ山代温泉ハ廃絶ニ陥ル次第ナルヲ以テ、申請人等権利ヲ保全スル為メ本案極メテ切迫セル事情ナルヲ以テ速カニ御決定アランコトヲ切望ス。
昭和5年3月17日
右申請人訴訟代理人(弁護士)
乾 亮・横井伊佐美・木下兼久・村沢義二郎
金沢地方裁判所長判事 井上鉄太郎 殿
(要約)このように本件審理中にも工事を続行しており、再び温泉が減少し、完成すれば全てが枯れて営業出来ないことは明白である。ところが陸軍側は、温泉が減少するのは一時的で、将来に於いて影響を及ぼすかどうかは、完成してみなければ分からないと主張している。実際に枯渇現象を起しており、また、陸軍は当初単なる井戸水(給水)設備を理由に掘削しながら、不足する温泉を掘っていると声明。工事が完成すれば、同一方向にある温泉脈は、ことごとく当該井戸に集中し、高い位置に該当する旅館側の温泉は全部枯れることは、明らかである。復旧出来なければ、山代温泉は廃絶に陥る。従って私どもの権利を保つために、速やかに決定させることを切望する。
行基 「明覚上人や。このまま続けると山代の源泉が無くなるのかな」
明覚 「ハイ。自然に湧き出てる状態の源泉近隣の場所に、百数十メートルを超える井戸を掘ったんでは、当然高い所から低い所に流れるでしょうなぁ」
行基 「トホホ、わたしの発見した源泉が無くなる恐れがあるのか。裁判の結果が気になるのう」
明覚 「はい。長い裁判になりますよ、これは・・・」






