タクシーなら『鞍山道』 『甘粛路』 『静園』と
紙に書いて渡せば着きます
A出口 を出て
目の前が鞍山道なので
鞍山道を北(左)へ250m程いくとあります
バスは『鞍山道』か又は『甘粛路』から徒歩
ラストエンペラー 溥儀が『紫禁城』を追われ
北京の日本大使館に避難
その後 天津の『張園』に避難し 張園の主が亡くなった後
移り住んだのが『静園』です。
1929年~1931年の7年間 溥儀と本妻
婉容(エンヨウ)
2番目の妻 文綉(ブンシュウ)他
40世帯以上が一緒に住んだ場所だそうです。
溥儀の奥さんは貴婦人と一般人合わせて5人
本妻
婉容は病気になり 2番目の文綉は後に離婚
子供は1人もいなかった為ラストエンペラーに
『静園』は『静かに変化を見守り 皇帝に戻れる時期を待つ』
だとか
今回は月曜休館日を貸し切って
ガイドと日本語通訳者付きで見学できました
今回は中国人のカメラマンも同行
個人の写真撮影もOKでした
(中国国内旅行で色々な博物館に行くと
表向き撮影NGですが
その場にいる担当職員に写真が撮りたいと伝えると
OKしてもらえる事が多いです)
最初に通されたのは右側にある離れ
以前は来客を待たせる建物だったらしいのですが
溥儀が実際に使用した眼鏡と財布が展示してあったり
実母や祖父の写真などが有りました。
本館へ
本館は建物の保護のため
靴の上からビニールカバーをつけて入館しました
日本建築の土間のような広いスペースのある玄関
壁と床は当時のままだそうです
手前の窪みから水が流れており
手を洗って入室したそうです。
こちらはダイニングに続きます
照明や家具が置かれていますが
当時の様子を再現しただけの現代の物でした
家の壁や梁 床の所々が
当時のままだそうです
以前は民家として使われていましたが
2005年~2007年に修復工事がなされ
2007年から一般公開されるようになったそうです
2階にも上がれ
婉容(エンヨウ)の部屋
溥儀の書斎
溥儀の寝室と和ダンス等
各部屋が見れましたが
3階は保護のため上がれませんでした
溥儀と
婉容(エンヨウ)はカメラ好きだったそうで
多くの写真が展示してあり
当時の様子がよくわかりました
最後に