(2000年春、東部ヨーロッパあたりを旅した際の写真たちの続きです。)

 София(ソフィア)から乗車したのは、この旅では初めての寝台車。しかも1等車

思い立ったが吉日。
アップ側面窓に貼り付けられたサボ。行先は!


思い立ったが吉日。
アップ編成の最後尾に連結された1等寝台車。トルコの車両みたいです。


思い立ったが吉日。
アップ車内はこんな感じ。日本のA寝台「シングルデラックス」みたいな感じです。
 ちなみに、写真の大小2つのリュックで旅をしております。

 この列車で、この旅7ヶ国目、最後の国を目指します。
(2000年春、東部ヨーロッパあたりを旅した際の写真たちの続きです。)

 
 オーストリアのWienを出発してからここВарнаまで、ずっと鉄道を使って街から街、国から国へと移動してまいりました。

 が、ここで鉄道のたびは、いったん終了。。

 Варнаから次のБургас(ブルガス)までは、黒海の沿岸をバスで移動しました。


思い立ったが吉日。

アップ聖キリル・メトディー教会。


思い立ったが吉日。

アップ黒海。


 ургасから列車でКопривщица(コプリフシティツァ)へ。

 Копривщицаは駅から村までが離れており、バスで村に着いたときには日没後でした・・。

 真っ暗な村を、宿を求めて歩き回り、やっと目指す宿に到着。
 
 が、なんだか真っ暗・・。
 営業してない??

 でも光の漏れている部屋もある。開いていたドアからホテルの中へ入るが、フロントは真っ暗。。
 恐る恐る、光の漏れる部屋のドアをノックし、扉を開ける・・・・。

 と、中には、腰に拳銃を携えた警察官が2~3人!!

 とりあえず手を挙げて、

 「Hotel here??」

 と片言英語で話しかけると、どこかの部屋からフロントのお姉さんを連れてきてくれて、撃たれることもなく、無事宿泊できました。

 
 翌朝はいい天気。村を散策しました。

 Копривщицаは、山間にある、18~19世紀に栄えた商人の村。当時の邸宅が、至る所に残っています。

思い立ったが吉日。



思い立ったが吉日。
アップ富豪オスレコフの屋敷。
 

 Копривщицаを後にし、首都София(ソフィア)へ。

$思い立ったが吉日。
アップ聖ゲオルギ聖堂。バルカン半島で最古のキリスト教聖堂だそうです。
(2000年春、東部ヨーロッパあたりを旅した際の写真たちの続きです。)

 ようやく6カ国目、ブルガリアに入国しました。

 最初に訪れたのは、国境の街Pyce(ルセ)

 夜中に列車で着いたため、よく分からない入国手続き、両替できない、野犬にほえられながらの宿探しの放浪、と、散々な印象からスタートしました。


 が、朝になると良い天気。なかなか爽やかな街です。

思い立ったが吉日。

アップ街の中心、スヴォボダ広場


思い立ったが吉日。

アップ英雄ステファン・カラジャらを奉る神殿


 Pyceを後にし、次なる街を目指しました。

思い立ったが吉日。

アップPyceから乗った列車。ブルガリアの機関車。


 次に訪れたのは、黒海沿岸の街、Варна(ヴァルナ)

思い立ったが吉日。

アップ再び目にする黒海


$思い立ったが吉日。

アップローマ時代の浴場跡
(2000年春、東部ヨーロッパあたりを旅した際の写真たちの続きです。)

 首都Bucureşti(ブカレスト)から再び列車に乗車。次なる街を目指します。

$思い立ったが吉日。

アップBucureşti Nord駅。新塗装の電気機関車。


 到着したのはConstanţa(コンスタンツァ)。黒海沿岸のリゾート地です。

思い立ったが吉日。

アップ黒海を望む。


思い立ったが吉日。

アップローマ時代の遺跡(浴場跡)。


$思い立ったが吉日。

アップConstanţaから列車でBucureştiへ向かいます。

 
 Constanţaを去り、列車で一旦Bucureştiへ。そして、次なる国を目指しましました。
何かと話題のドナウ川。旅の途中で撮影した、その姿です。


思い立ったが吉日。
アップオーストリア、ウィーンを流れるドナウ川。

思い立ったが吉日。
アップこちらは同じくオーストリア、リンツを流れるドナウ川。


思い立ったが吉日。
アップスロバキアのブラチスラヴァ城から眺めたドナウ川。

思い立ったが吉日。
アップハンガリーの首都、ブダペストの鎖橋とドナウ川。

思い立ったが吉日。
アップルーマニアから見たドナウ川。向こう岸はブルガリア。