先日娘からLINE
「部屋の電気だけつかないんだけど」
「ブレーカーが落ちてないか確認してから
管理会社に電話してみたら?」
そう伝えて数分後、
「電球が切れているのはこちら負担だって」との返事。
背の高くない娘、さあどうする?脚立もないし・・
こんなことうちでもやったことがないよね
電話をつないだまま中継。
足台替わりに昇降式テーブルを使って・・・(脚折れないか??)
「これを回して・・」
「これを外すのか・・」
「お、外れた」
と娘の声
「電気屋さんにそれを持って行って合うのを買って処分してもらうんだよ」
とアドバイス。
その時すでに8時前、近くの家電屋さんは閉店の時間、
車で30分くらいかかる9時まで開いている家電屋さんに
駆け込んだようです。
そしてまた自分で取り付けてようやく灯りがついたようです。
近くにいたらきっとすぐに脚立をもって行き
電球も買ってあげて取り付けてあげたことでしょう(夫が)
そしてご飯でも食べに行くか?
までがセットな気がするわ(甘々夫が
)
でも今ってなんでも調べて行動に移すことができる。
娘でさえ電球を換えることができた。
「やればできる」
小さいことでも「できた」は大事です。
反面、私たち世代、
「できない」「難しい」「なんか怖い」
でだんだんできなくなることありますね。
タブレット注文、レジ清算、チケット発券、ネット銀行・証券などのほかにも
ほとんどの手続きがスマホでできます。
お財布を忘れるよりスマホを忘れた時のほうが絶望感
大きいです。
私の亡母は頭はしっかりしていましたが、
私が少しずつ関ると、
頼るようになり
それまで出来ていたことが段々できなくなりました。
夫も仕事はまだ元気にしていますが、
仕事以外の手続き関係は
ほとんど私がしていることもあり苦手です。
(秘書と呼ばれています)
「パスワード?何だったっけ?」(知らん)
「これどういうこと?」(良く読んでよ)
「確認メール?なんかきてたけど・・」(大事なメールは別に仕分けてよ)
しかもフリック入力ではなくガラケー打ち(おそーーーい)
そのうちなんかできないことで機嫌が悪くなっていく
。
見ていてイライラすることもありますが、
ここはさせなきゃと心を鬼に見守っています。
出来なくなってキレる老人にはなってほしくない。
せめて「わからないから教えて」と言える人になってほしい。
いくら年下とはいえ、私が先に逝く可能性だってありますので。
今後世の中はどこまで進化するのか
どこまでついていけるかわかりませんが
なるべく頑張らなくちゃと思います。