万華鏡を覗く時に美しく彩られた模様を見ることができる。しかし、動かすとその模様は次々と移り変わっていってしまい、全く同じ模様に再び出会えることはないだろう。
森羅万象ありとあらゆるものは移り変わってしまい、この世界、周りの人たち、更には自分自身さえも全てが移り変わっていってしまう。
そんな移り変わる世界で弱い私たちが確信を持って、困難に立ち向かって行く力は、変わることがないイエスから得ることができる。そのことを今日は見ていきたいと思う。
①唯一変わらないお方
神のことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、覚えていなさい。彼らの生き方から生まれたものをよく見て、その信仰に倣いなさい。7節
イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません。8節
7節ではヘブル書を書き送られた教会の指導者にならうように伝えるが、人である彼は有限な存在であり亡くなってしまっている。
しかし、イエスだけがいつまでも永遠に変わることがない唯一の支えであることが伝えられる。
②いけにえは日々の生活で
それなら、私たちはイエスを通して、賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の果実を、絶えず神にささげようではありませんか。15節
善を行うことと、分かち合うことを忘れてはいけません。そのようないけにえを、神は喜ばれるのです。16節
ヘブル書では旧約の律法や祭儀制度は儀式的で表面的であり、さらには不完全で過去のものであることが描かれてきた。
それに対し、キリストの恵みを受けた者が捧げる生贄は、心からの賛美と善行を日常的に行うことである。
③ヘブル書のまとめ
永遠の契約の血による羊の大牧者、私たちの主イエスを、死者の中から導き出された平和の神が、
あらゆる良いものをもって、あなたがたを整え、みこころを行わせてくださいますように。20~21節
最後にヘブル書で伝えられてきた、永遠、契約の血、牧者、平和の神、とイエスがどれだけ信頼できる方がまとめられ、更には読者たちがその良いもので整えられるように著者は祈りをささげる。
迫害による困難、更には良心の呵責も重なり、人々はイエスだけで救われるのか不安になり、生贄を捧げる以前の信仰に戻るものや、集会に参加することを辞めてしまう者たちがいる状況であった。
ヘブル書は神学的な議論をするための書ではなく実践的な書であり、そのような彼らを励まし、イエスが唯一、永遠で、信頼することができ、その信仰の確信にまで引き上げられるために書かれた手紙である。
全てが移り変わっていく厳しい世界で、この方は昨日も今日もとこしえに変わることがなく、私たちの弱ささえも理解し受け入れ、罪の贖いを完全に成し遂げて下さった偉大な大祭司である。
私たちはただこの方への信頼と確信を持って、日々を乗り越えていこう。揺らぐことの無いこの方が、今日あなたを助けてくださるから。