悩殺せよ、悩殺せよと祈ってる | 喜劇 眼の前旅館

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悩殺せよ、悩殺せよと祈ってる にぎりこぶしをくちにくわえて  我妻俊樹


題詠blog2008、お題「悩」より。
にぎりこぶしを口にくわえたら、「悩殺せよ」と声に出して言うことはできません。したがってこの言葉は、心の中で唱えられたか、言葉にならないうめきのようなものとして、この場に漏れているだけだと考えることができます。
本当にそうでしょうか。私はこぶしを口にくわえることができないので、実際にたしかめてみたことがありません。つまり一首の読みから、「口にこぶしをくわえたまま『悩殺せよ』とはっきり声に出して言っている」という解釈を完全に排除していいのかどうか、確信がもてないのです。
もちろん、たとえこぶしをくわえられるだけの大きな口、または小さなこぶしを私が持っていたとしても、私の実験した結果がすべての「拳を口にくわえられる人々」と共有されるという保障はありません。たまたま私の結果だったものが、私のつくった歌の解釈を左右すると考えるのも作者の傲慢というものでしょう。
「悩殺せよ」の声ははたしてこの場に響いているのか否か。それが文字としてわれわれの目に読まれており、われわれは文字から一歩も出ていないという最初にあった事実以外、たしかなことは何も言えないようです。