東京タワーを映す鏡にあらわれて口紅を引きなおすくちびる 我妻俊樹
私が短歌の中にえがこうとする景色は、どこか短歌に似たものが多いと思うけど、たとえばこの歌の「鏡」は短歌のようだといえなくもない。
短歌は鏡に似ている。景色はその輪郭どおりに切り取られ、裏返しになり、覗き込めば景色を遮って自分自身の顔が映り込む。短歌とはそういうものかもしれない、などとつぶやいてみればもっともらしく聞こえもするわけですが、そういうことを考えてつくった歌ではないことはたしかです。そういうことを考えて歌をつくることはできない。しかし短歌に書かれる景色が短歌そのものをなぞりはじめるのは当然のことで、それを食い止める力があるいは筆力というものかもしれないけど、私は短歌が人をどのように無力にするかということにしか関心がないのです。
初出ポプラビーチ「日々短歌」2006年2月。