連作三十首 | 喜劇 眼の前旅館

喜劇 眼の前旅館

短歌のブログ

「自転車用迷路」 (短歌研究新人賞落選作品)


そら耳の玄関ブザー降り積もりゆく穴を心に持ち墓場まで

春ののち団地に木々は滲み込んで百科事典の売られるワゴン

外廻り用自転車の前籠にたまる花 発てる旅の少なさ

サンダルを夏用に買う散歩には日陰が少なすぎる道を来て

ゆめに訪ねた靴屋を染める土間で吹く扇風機のうすみどりの羽は

緑道がとぎれて握る掌の中にいつの切符だろう刺さるのは

ワイシャツに生白き腕ぶらさげて炎天をバス停からあゆむ

去年まで坂道だった階段に人を待たせています今朝から

埋め立てた川が海までつづいてる そういうことって誰にでもある

首飾りきみが引き摺る坂道をまぶしくて開けられない目蓋

来るはずのきみと市バスは間引かれて入日がいつもより長かった

まばたきに群れのひまわり閉じ籠めてくだる畑みちに石を蹴る

ジャンボ機が揺する街の灯 くだりつつこの丘を恐怖しはじめる

祭りでもないのに明るい森を見てなぜか黙っていようと思う

この部屋に死ぬまで暮らす心地するあけぼの憶えなき壁のしみ

電話でも雨だと知れるほどの降り 聞いてよ、から後が聞こえない

写真にはレンズを向けて手を揺らすきみを映した壁の姿見

赤いベスパがトンネルで鮮やかに転ぶ 見てきたような真夏の中で

鍼灸師だったんだって死ぬ前は もちろんしんだひとは蒼いが

女の子がキャンパスの青芝でするパントマイムに纏うはねおと

「自転車用迷路出口に先回りしてきたの切り花を捧げに」

目が合うと視える線路が滝になるパノラマ ひとことも云うまえに

網棚へのせて帰れば片付けてもらえるだろうその自転車も

この歯痛いつからだっけと呟けばそばであなたが横に振る首

コーラから泡以外のもの噴き上げるように虚ろな小便が漏れた

甲子園出場 人身事故により列車が遅れております おめでとう

「白線につぶれてる猫ありがとうわたし今年で十二になるわ」

からっぽなエレベーターをひとひらの 逃げまわるけど蝶に見えない

サンダルが手紙を履いて沓脱にぬれる拝啓さようなら敬具

畦道へ軽トラックが荷台から指示する人をバックで搬ぶ