『七月の心臓』兵庫ユカ(3) | 喜劇 眼の前旅館

喜劇 眼の前旅館

短歌のブログ

あと、この作者はナルシシズムを感じさせない。それは倫理的であることと関係するんだと思うけど、かといって過剰に自己卑下するところもない。自己愛の力で立つのでも、自己卑下が言葉を背後に投げ出すのでもない、この言葉の立ち方は凛々しくて、やはり倫理的ということかな。そこがすごくいいです。

で、その倫理的な態度がふいに笑いに転じる瞬間がある、と私は思ったんですね。あるリミットを越えた時に、倫理性のドンキホーテ化、のようなことが起こるのか。何度か途中で、これは作者の意図にかなった読みかどうか分からないから、書くべきかちょっと迷うんですが、突発的に笑いが喚起される瞬間、がありました。

 準急の扉を開ける蝉時雨 地獄ばっかり地獄ばっかり

これは怖い、というか、行くところまで行ってる歌ですよね。ぐっと息が止まるような瞬間が歌われてる。でも、歌集の、連作の、流れの中でこの歌を読んだとき、私はにやっと笑う程度ではなく、思わず吹きだしましたね。いや、何かそのときリミットを越えたのでしょう、この歌だけを見て、ユーモアを感じ取るのは難しいかもしれない。でもここにはユーモアと紙一重のものがありますね。さっき挙げた人形の歌にもそれはある。その紙一重が破れる瞬間、というのが訪れることは、歌集の引き起こす作用としてすごく貴重なものだと思う。

最後にいくつか、ほかに印象的だった歌を引きます。


 タウンページに腕を挿んだ状態で(探してたもの、あった)めざめた

 鳩尾に電話をのせて待っている水なのかふねなのかおまえは

 ともだちに子どもができた「おめでとう」クマの目を縫うようにさみしい


タウンページに挿むのが手のひらではなく「腕」なところが、兵庫さんだと思いました。
タウンページに腕を挿む女の人、のことが気になる人にも、読んでほしい歌集ですね。


歌葉『七月の心臓』詳細ページ。(ここで購入できます。)
http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/detail.asp?select_id=52

(引用歌はすべて同歌集からです。)