解説、というのは、カウンセリングではあまり好まないように思います。
それは恐らく、解説した人の限られた理解や視野の制限が影響したりして、解説した人の色合いが説明というものには濃く出てくるものでしょうが、それが正しい説明のように、受け取られたり、強く限定的にはたらいて、全ての人に備わっている、個々に届けられてくる自由で際限のない感性を妨げたくないとの配慮でしょう。
しかし、そもそも一対一もしくは少人数の対面(相互に言葉を交わしあえる環境)を前提としたカウンセリングに馴染まない様な、大人数を想定した講演会に挑んだのですから、あえて言葉を添えることにも試みようと思います。
「あなたのまわりの方は みんないい人ですか」との主題のもとに、お呼びかけしましたが、質疑応答の以外では、講演者からも主催者からも、このフレーズが声にされることはありませんでした。
もちろん、この言葉は集客のためのキャッチコピーではなく、小河豊先生から主題として頂きました。この講演会のために、何を話そうかと練り上げてできた言葉ではなく、講演会のことを考えたら、パッときたことば、すぐに届いてきたことば、と聞かせてもらいました。
講演会中には、ことばは語る人の全体験に包まれている、全ての体験を含んでいる、とも聞かせてもらいました。この主題も例外ではありません。
一見すると、言わんとするところが、「逆に」伝わってしまいそうだなという印象もあります。そこは、講演会の中で真意に触れるだろう、まさにそこが核心になるだろうと思っていました。
確かに、話の内容は、まさにその核心に触れていたといえると思いますが、解説めいたお話はありませんでしたね。
そこで、私の提案です。
①まず「あなたのまわりの方は みんないい人ですか」と、声に出して読んでみてください。
②続けて、レジメとしてお渡しした摘要二の「ありふれたこと」1から10番を声に出して読んでみてください。
1. うわさ話や他人の悪口を聞かされる。
2. おしゃべりばかりして、私の言うことは聞いてくれない。
3. 私のことを分かってくれない。
4. 私を誤解している、よく思ってくれていない。
5. 私を相手にしてくれない。(無視される)
6. 傷つけられた、悪口を言われた、怒られた。裏切られた。
7. 言いたいことが言えない。
8. つい言い過ぎた、言い足りない。
9. 言っても言っても伝わらない、違うように伝わる。
10. 自分が悪い、と自分を責めてしまう。
いい人と感じる、いい人と感じない、自分の感覚とつながってくる感じはありませんか?
いい人、いい人でない人、というのは、そのように感じている自分を外しては、語れないように思います。
もちろん、そのように感じている自分が良いとか悪いとかではなく、今自分はそのように感じているなと、まず気づくところに目を向けているように思います。
きっとその気づきから、感じ方、行動の仕方、かかわり方、が自ずと変わってくるでしょう。または「やってみよう」が思い浮かぶかもしれません。工夫が生まれるかもしれません。
自分も他者も、「対象化」する前の、「今すべて自分に感じられている事実のまま」が、カウンセリングの大いに頼りになっているところでしょう。
補足しますと、他者といっても、他者を感じている自分ですから、自分も他者も自分ということになります。ここが、禅問答のように感じたとすれば、禅問答に感じなくなる時がきっときますので、小河先生の学習会に足を運んでいただければと願います。
学習会のご案内は、随時お伝えする予定です。
あくまでも、解説しようと試みた人の、今現在の受け取りようと、ご理解いただければと思います。
2時間という限られた時間の中で、精いっぱい核心に触れたお話をして頂いたと思います。一度では伝わりにくいだろうという部分も残しつつ、既に始まったカウンセリングのご縁を、学び続ける中で育んで頂ければと念じます。
難しい、分かりにくい、という印象がたとえあったとしても、講演会に足を運ばれた方には、いつ芽が出るか、花が咲くかは分かりませんが、新しい世界が開けていく種は手にして頂けたのではないかな、と願うところです。