閃いた!ので書きます。
(往きの車窓からの富士山)
蓮の花の喩えで、このようによく言われます。
佛の美しい蓮の花は、汚れた泥の中から咲く
でも、わたしはピンと来なかったんですね。
泥は汚れなのか?
確かに相撲などで、土が付く、というのは負けを意味します。
泥汚れ、などとも言います。
しかし、泥は、土プラス水、なだけです。
嫌気性の微生物の活動があると、臭くはなりますけどね。
今、世の中はカオスが進行していると感じます。
カオスは、橋渡し、移行期、土の入れ替わり時期だと思います。
土と水が大量に混ざっている期間。
新しい文明に移行するサイン。
理想の社会を、弥勒の世、ということもあります。
それについては、別途書きますが…
AIの加速度的な浸透は、移行期が始まったサインでしょう。
AIやITが進んでも、一気には便利になりません。
利権やセキュリティのためのパスワードやら認証やら、サブスクやらで、ガチガチな氣がします。
まだまだセキュリティで守らなければならない社会なんですね。
話が少しそれましたが…
農薬や化学肥料をふんだんに使った土を、自然栽培の土にするには、時間がかかります。
土が元氣になるまで、移行期があります。
橋渡しの時期は、両方の性質が混在します。
土には、化学薬品や化学物質が残留しますから。
わたしが、泥は汚れではない、と思っていたのは、元々の元氣な土を思っていたから。
でも、人間が汚した土が一旦泥になり、化学物質がたっぷりなら、浄化するまで、汚れとも言えるなぁ、と思いました。
地球の自浄作用、自己免疫力を超えたダメージは、人間が汚してしまった、と言えるでしょう。
蓮の花咲く泥が顕れる時が来ましたね。
(還りの車窓からの富士山)