人には忘れられないものがある、どんなに時が経過しても忘れられないものがある、ほとんどの事は時が経過したなら忘れてしまうもののようだけれどもそうでないものもあるようだ、記憶の隅にあるものではなく記憶の真ん中にあるものがあるのだと言う、人が生きていて何を求めて何を目的にするのか、記憶の中に仕舞い忘れた数々の大切な物をあえて簡単には表に出さないものではあるが、本人には十分に大切なものなのだが、もしかして他人は理解してなくてそこで自身の中での葛藤も生まれる、人は多くの人達に接し交わり関わるが長くその状態を保つ者は少ないかもしれないがその生涯に於いて忘れない人になる事も多いのではないか、保つ条件は裏切らない事のように思えるが人の気持ちは長く一定ではないからそのような事も起きるのかも知れない、人との関係と言うものは歳と共に思いが希釈されていくようで大事なものから失う事が多いように思う、水のように透明で流れてしまってもあまり気に留めない事も多くあり人はだんだん暮らしの中で忘れてしまうものではないか、それが忘れられたものなのだと思う、何事においても長く物事を行うとどうしても大切な事や物がどんどん積み重なるも、それが記憶となりいついつまでも自身の中にとどまった状況になり忘れられない大事なものとなる、振り返って思えば長い間の積み重ねが自信の勲章のように気持ちの中に残された大事なものであることを認証するのである、記憶の中に残された犬達の記憶は辛い事もあれば楽しい事もあるし悲しい事もある、だが時が過ぎれば積み重なる記憶としてその犬達が生まれ変わる瞬間を短い時間に見ることがあるから人生は楽しく生きていれば幸せは必ずまたやってくるもの、今思う事はたくさんの犬達に接して得た人生の楽しさだけが、犬とは何かを思いながら過ごした45年と言う時間の流れを私は忘れない。
日本国に貢献して誰でもが認められるような功績を残し成し遂げた方々に対して国は年2回の勲章や褒章を与えるという、年間の受賞者は大変な数になるのだが毎年新聞紙上における受賞者の名前、職業、一部理由などが伝えられるがなぜか偏った業の方のようにも見受けられる、そもそもが何かの団体からの紹介や地方の自治体などからの推薦なのであろうがなんだか偏りのある職業の方々が多いのではないかと思われるのはなにも関係のない私だけだろうか、全ての人達は生業としながら日々関わり続けていた結果の先にこのような受ける貰うと言ったことが起きているのだろうが、その裏で隠れた人たちの生業や業績などが表に出されることがあるのだろうか、何らかの推薦がなければどのような事においても抹消される事になり生涯に於いて浮かばれることはない、一般の方の中には農業や地域の消防団の人まであるが、外国人などのほとんどは一般の人には全く知らない存在である、一般の人が受ける場合の条件や残したものの誰でもがわかり得る明白さがあると良いのではないかと思われるのだが、ある人が作ったものを使い食すことを国民の全てが恩恵を得たかと言うとそうであるとは思えないから国として莫大な予算計上の上でなされることにたいして明白な回答が必要であると思うのである、このことに対しての偏見かも知れないが私のようなこのような事にまるで興味のない人にとっては気にも留めない事が一番のように思える、
私が生業としていた繁殖やドックショーには天皇杯や内閣総理大臣賞などはない、それはドックショーそのものが市民権を得ていない証拠であり社会的に認められるような関わりや行動がなされていない中で、犬の団体と言うものはいつの時代においても前向きな方向を示さない団体であるからこの先々においても絶対と言って良いほどにあるとは思えない、動物を扱う者の中には優秀な人も数多く存在する、そのような中に於いても動物でいえば競走馬だけが名誉な賞をもらう唯一なのかもしれない、何故なのか格付けにあるのかも知れないがそのおのおのの団体の大きさや力がそうさせているのではないか、勿論犬の団体何てそれこそが小さい団体であるから日本国民、市民からは鼻にも欠けられない存在なのであろう、
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馬は足に故障が起きると人を背中に乗せることが出来なくなりそのほとんどの場合はその生涯を閉じることになる、気の毒と思えるかもしれないが他に手立てがないからそのような結果になるのだという、私は馬主の世界を知らないが犬とは程遠い知らない世界があるのだと思うが、このような競走馬の悲哀さをおもえば犬達は呑気なもののように思える、何故ならば対するものの価値観に違いがあるように思えるから、そして犬を飼う飼育者の中には無理難題を通そうと思う人や金銭を使えば物事が解決すると思い込む人もいるのではないか、高価な薬や術を施せば何とかなると思い込む飼育者がいる、自身の飼い犬の事を事細かく書いて投稿する人達は何が目的なのだろうかと思う、同じ状況の飼い主から同情されることでも待っているのだろうか、その前に飼い主がやらなければならない事があるのではないか、夜中に獣医に駆け込みましたなんてことは本来診療時間外であり迷惑なのではないか、そんな飼い主によくみられる事の一つに猛暑日になっても飼い主のお気に入りのシャツを着せているものだ、汗をかかない犬達にとってはそれこそ地獄の日々のようなもので虐待に課する行為でもある、犬にとっては甚だ迷惑な事で常識では理解できない事ではある、人と同じことだけれど朝の尿や便を確認することが大事な事のように思います、毎日確認していればその日の犬達の状態が確認できるから健康であるという確認が出来たなら安心ではある、人も犬達も健康で過ごすという事は必須の条件であり務めでもある、犬達に健全性を求めるならば飼い主はそれぞれの事に対しての日々の確認の励行を惜しまない事なのである、