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小林春夫・犬舎代表の一言コラム

agenesdream 元犬舎代表の小林春夫 一言コラム。
犬にまつわること、ビーグル犬のブリーダーとして語ります

人間の能力、知恵、努力のおかげで世の中が限りなく進歩してしまい、私のような者や年配者には追いつけない現状があり若者世代に入れない現状がある。

人の能力が人を追い越して行く現状がありカタカナ語も多く意味さえも解らない事が多くみられそんな中でも変わらないものがある、それは愛犬?とでも言うのか解からない事や知らない事を知らない状況の中で過ごしていて自慢の種は飼い犬しかなく勝手に判断して良しとなす者の存在がある、犬を飼い楽しむという事は大変結構な事であり気持ちの余裕が生じる事が多くあると思うのですが、時として必要以上なかかわりや盲目的ともいえるようなお仕着せも見受けるのだが果たして犬達にとってはその行為を嬉しく思うのであろうかと不安な気持ちにさせられる事がある、ほとんどの犬達は外へ出て遊ぶことに喜びを感じるもので飼い主の思いよりもはるかに犬達は自分たちを前向きに大事に捉える時間を持てるものだ、だがしかしそのような事の中で飼い主自身の楽しみと言うか無理な思考がそこにある事があり、犬達を連れ出すことそのものが決して犬達の幸せではない事のように思える、時には他の犬達の飼い主との役にもならない長話しが目的である場合が多くあるかと思うのだが、何故なのか犬達よりも飼い主本人の欲が優先してはならないから、様々な犬達に於いてのスキルを知る事は良い飼い主になる条件であるから飼い主の欲求を満たす事ではなく犬自慢も良いのでしょうが前向きな会話の励行を望むものです、飼い主の自己満足を捨てて何が犬達にとって一番楽しい事なのかを考え直す必要があると思う。

 世の中には限りないほどの犬種が存在して生きている、私達はその全てを知るという事は難しいものと思うが大方ショーに出陳されている400頭ほどの犬種についてはその沿革を知ることが出来るものと思う、犬は哺乳動物のなかの陸棲肉食獣に属され分類されている、1千万年前犬の祖となる食肉目の動物が地球上に現れる、300万年前この時代に肉食目の動物は進化して8科に分かれる、200万年前に300万年前に別れた8科の中のイヌ科の動物が4群に分類される、100万年前イヌ科群からイヌ属を含めた3属に分類されて犬が分類されたと思える、50万年前犬属から3亜属に分かれイヌ亜属になる、ただしこの年代には人間が犬を飼育した様子はない、1万年前この時代になってから人間は犬を飼いならして利用するようになり飼うという事に目覚めていく、全ての動物達にはそれが作られた沿革があり歴史がある、ビーグルの歴史について学ぼうとしていると何だか霧の中の物のようで現在に至ってもその始まりは霧の中のようである、けれども必ずや始まりはどこかにあるはずなのに於いての祖はどこかにあるはずなのだ、数種の犬による交雑の中で作られたものではあるけれどもそれが本当に正しいかは霧の中なのかもしれない、ビーグルはイギリスが原産と言われてはいるが,その場所の土地の気候や風土の環境に適することがこの犬種に最も良い条件であったと思わざるを得ないのだが、この馴化という事に関しては何となく不思議と言おうか正しいと思わざるを得ない部分があるのだと感じるのだが、全ての土地いろいろな国々に於いて現在飼われているビーグル達はどのようにしてその風土などの環境に適したのかが不安材料としての部分である、人は犬達がどのような状態で我慢を強いられているかを知ることがないからその土地の気候風土に合わせた生活を続けて行くしかなく心境を図れないが暮らして行く糧を探すしかなかったのであろう、要するに犬達はそこの風土や気候に対しての我慢を強いられていたことが犬達の暮らしの一部であったのだ、

この地球上に数多い動物たちが暮らしている、

 

動物たちはそれぞれに類、目、科として大きなくくりからその種に分かれ

その中に適正とされる分類の中で生かされています。

犬達の仲間はその科でひとくくりになり主として形成された仲間の中で

長い間を生きて来たのだ。
 

人間は時に恩を忘れ差し伸べた手を噛む事さえある、

人は優秀なものそして利発なものと思い込む輩はたくさん存在している、

そして強いものと認識しているものも多く存在しているはずなのだ。

人は考える動物であり一本の弱い葦であるとパスカルは言っている、

だから飼い犬に対しても思いやることが出来る動物であるのだ、人が作られた経緯、

沿革は他の動物達と比べられないほどに複雑化しているのであると思う。

 

人間が持つ残酷な部分や危険な事を思うとやはり人は他の動物達よりも怖い存在であり

他を脅かす動物であると思うのだ、他の動物たちにとっては人の行いを理解するすべはなく人は

この世で一番の危険動物であることを認識しているかと思う。

 

それは何かというと人それぞれに感性や感情に違いを持ち相対するものへの偏見とか

いろいろなものが混ざり合う中で犬達に対して真剣に向き合う者もあればそうでない人も生きている。

 

弱肉強食の中に於いて人が成す事への不満すら不条理であっても受け入れなければならない

動物たちの悲しみの部分をどのように解決していくことが出来るか、人が成す事を犬達を含めた

動物達はどのような防御策でもって対応しようとしているのか、闘犬として作られた犬達は別にして

犬達は時どきは争うこともあるが大方は死に至る事がない争いがほとんどである。

 

現在の家犬達は闘争心は薄れてはいるし比較的性格もおとなしく作られてきたのではないか、

現状犬達に対して良識的でないような様々な事例が確認されている。

こうした物事の根源を考えていかなければならない現状があり本来成すべき事の犬達との

共存体制の構築を考えなくてはならない。

それには人の努力が不可欠であり少しばかりの犬達の能力をはるかに超えた思考が必要であると思う。

 

私が常にお伝えしたいと思う事は人にとって共存してきた犬達に対して過度の思いを

持たない事、犬達は私共にとっては可愛い動物であるから何よりも大切に扱う事を望んでいる、

このように思うのは人間から見たならば犬達は弱い動物であるからだ。