ダン シモンズ, Dan Simmons, 酒井 昭伸
イリアム

うわっ、出たのかっ。

銀行のソファで何気なく週刊誌を眺めていたら、椎名誠がエッセイで、ダン・シモンズの新作について書いているのが目にとまった。「ハイペリオン」シリーズから早や何年、新作「イリアム」か!ケチな自分はふだん文庫になるまで待つことが多いのだが、コレは待てませんて。


ごく小さい活字の二段組、765ページの長編、しかもこれは前編という。本の厚み重さとも、通勤バッグにしのばせるにはちとツライくらい。でもでも、こんなにたっぷりダン・シモンズのSFを堪能できるなんてーーー!


お話しは複雑。場所も時代もかけ離れたような3つの物語が交互に語られる。

一つは、ギリシア神話の神々が見守るトロイア(イリアム)とアカイア(ギリシア)の英雄たちの戦い。ホメロスの「イリアス」の物語に沿ってアキレウスやヘクトルが争い、ゼウスやアテナが降臨する世界。

もう一つは「モラヴェック」と呼ばれるバイオメカニクス生物。ロボットのようなアンドロイドのような、宇宙空間で仕事をする形態も様々で大変知性のある者たち。その一人マーンムートはシェイクスピアの十四行詩の研究が趣味。モラヴェックたちは、火星が短期間の内にテラフォームされ異常な状態になっていることに危惧をもち探査に赴く。

あと一つは、未来の地球でわずかに生き残っている人類が、自動機械の下僕に衣食住の面倒をまかせて遊び暮らしている。20年毎に再生槽に入りメンテナンスされて、100年の寿命を約束されている。


どの物語もワクワクするような気持ちで、ページを繰るのももどかしいほど面白い。「イリアス」の英雄たちの戦いの描写も、天を突くような偉大な神々のあり様も、迫力もの。神々は実はハイテクでね、ホログラムの馬に引かせた戦車に乗って空を駆けたり、オリュンポスの山から一瞬にしてイリアムの戦場に現れたり、時間を止めてナノテクを駆使してお気に入りの英雄を強化したり、決して神話の中だけの神様ではない。


「モラヴェック」たちのキャラもとても魅力的。高性能の頑丈な機械の中に芸術を愛する知性が存在し、熱い友情や使命を全うしようとする責任感とか、上等な人間性があるのだもの。


そして、地球では、少数の人類が世界の各地に散らばって住んでいるが、ファクスノードなるものを使って世界のどこへでも一瞬で移動できる。ドラえもんの「どこでもドア」みたいなものね。自分、超能力を一つあげるよ、ともし言われたら、テレポーテーションでお願い、と絶対答える。この瞬間移動というものに終生憧れているわけなのよ。これがあるというだけでも、読んでいてうっとりする世界なんであるな~。他にもここにはヴォイニックスという謎の生物がいて人間を危険から守ったり、地上を移動する際の車を引いてくれたりするし、下僕ロボットは命令するだけで食事を用意してくれたりするし、人間はただ遊んでいればいいのである。なぜ、地球がそんな世界になったのか、ポストヒューマンという謎の存在は何なのか。過去に大きな災厄があったようなのだが、詳しくはまだ語られていない。


本の最後の方では、それぞれのお話しが重なり合い、少しずつこれら世界の謎も分かってくるが、お話しはまだまだこれから。全ての謎の解明と、人類やモラヴェックの冒険譚は後編でのお楽しみだ。一刻も早い後編の発売が待たれるというもの。


それにしてもダン・シモンズという人は、、、よくもこの様な物語を紡げるもの。なんというかもう一方的に圧倒されるばかりだ。いったいどんな頭脳を持っているものか。

もしも、この拙文を読んでダン・シモンズに興味を持たれた方があるとしたら、この本の前にぜひ「ハイペリオン」シリーズをお読みになることをお勧めする。

ダン シモンズ, Dan Simmons, 酒井 昭伸
ハイペリオン
ダン シモンズ, Dan Simmons, 酒井 昭伸
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