2026年3月11日(水) はれ のち あめ






2日目からのつづきです。






奄美市名瀬、午前6時。

地元ならもう明るくなっている時間ですが、やはり時差があります。

加計呂麻島行きのフェリーに乗るため瀬戸内町の古仁屋港に向かいます。






加計呂麻(かけろま)島に渡る手段は船のみです。

「フェリーかけろま」が1日7往復、その他に海上タクシーがあります。

フェリーは四輪車は要予約ですが二輪車は予約なしで乗れます。

原付二種は人と車両込みで往復1,510円、安っ。

便数があるので1本乗り遅れてもなんとかなりそうです。






始発でも意外に混んでいますね。

観光客だけではなく島民やお仕事の方も見うけられます。

島にはお店もほとんど無いようですし日常のアシなのでしょう。

席はゆったり座れて快適ですが乗船時間はわずか25分。

旅情を味わう暇もなく下船準備に取りかかります。






加計呂麻島の瀬相(せそう)港に上陸。

島内にはもうひとつ港があって、フェリーは両港に交互に着きます。

なお加計呂麻島の住所は瀬戸内町で、古仁屋港のある対岸と同じ町です。






加計呂麻島も有人離島としては全国上位の広さを誇ります。

地形も奄美大島と似ています。

ほとんどが山岳地帯でリアス式海岸のため海岸線はかなり長いです。

細くくねる林道が多く、クルマ同士のすれ違いは要注意です。

島内の移動は徒歩は無理、自転車もガチ勢以外はしんどいでしょう。






対岸に奄美大島。

大島海峡は幅の狭いところで2kmしかないらしい。

宮古島みたいに橋を架けるのは難しいのでしょうか。






定石通りに名所をひとつずつ回っていきます。

こちらが武名のガジュマル。樹齢は400年とも。

大自然のパワーを全身に浴びよう。

同じ便で下船した観光客も同じコースで回っているようです。

あちこちで再会してみたり。






島の最北端に近い実久(さねく)ビーチ。静かです。

時間の流れが奄美大島よりもさらにゆったりと感じられます。







島内には30を超える集落があります。

いずれも山と海に挟まれたわずかな平地にあるようです。

こうして集落間を移動してみても林道に急坂に細道となかなか大変です。

なんというか、我々の日常とは異なるライフスタイルがあるのでしょう。






いくつものブラインドコーナーを抜けてたどり着いた嘉入の滝。

観光地化される前はウティリミズヌ滝と呼ばれていた聖地です。

ノロの親神(祭司)が肌を浄めるために使う場所だったそうです。

山と森、そして水もある豊かな島。






伊子茂まもる君、お目にかかれてうれしいです。

交通安全啓発のために誕生して数十年。

かつて町内に存在した5体のうち現役なのは彼だけらしい。

今や立派な観光名所に。






まもる君が見つめる先には伊子茂(いこも)小中学校。

いつもここで児童生徒を見守っているのですね。

…おや、校舎から聞こえてくるメロディーは…君が代。

おおっ、なんと卒業式の最中のようです。おめでとうございます。

島の少年少女たちよ、銀河の向こうに翔んでゆけ。






加計呂麻島でここだけは来たかった。島尾敏雄文学碑。

後に作家となる島尾敏雄は戦時中に特攻隊長として島に派遣されました。

結局出撃命令が下されることはなく終戦を迎えました。






呑之浦の入り江に沿って遊歩道が整備されています。






爆弾を積んで敵艦に体当たりする特攻艇「震洋」。

舟はレプリカですが格納庫が当時のまま残されています。

同じような遺構が等間隔に並んでいます。

昭和19年、第18震洋隊の隊長として島に派遣された島尾敏雄。

滞在中に出会った島の女性と戦後に結婚。妻は後の作家・島尾ミホ。

夫妻の著作を基にした映画「海辺の生と死」は神話的な傑作でした。






昭和20年夏、出撃=死を意味するその命令を待つ日々。

いっそのことさっさと出撃してしまうほうが楽なのではないか。

残酷なほど透明な海を前に極限状態に置かれた若者たちの心中やいかに。






入り江の突端まで歩けます。

狭い大島海峡、入り組んだ海岸線。

確かに震洋隊の秘密基地として最適な場所ではありそうです。

奇しくも今日は3月11日、あの震災から15年。

「あのときは紙一重で死を免れた」思いを持ったまま生きる後半生。

ともかく、生き長らえている。






こちらは大島海峡に面したスリ浜。

もう浜辺は何ヶ所目だろう。どこも甲乙つけ難い。

ぼーっと眺めていると吸い込まれそう。

島で暮らす人にとって海とはどのようなものなのだろう。

やはりこの世界そのものなのか。






道中、水田を見かけました。

サトウキビだけでなくお米も作っているんですね。

…おや、何やら違和感が。

…進入口がありません。農機はどこから田んぼに入るのか。

後で聞いた話では移住者が趣味でやっているのだそうです。

つまり全て人力、手作業。ううむ、恐るべし加計呂麻時間。






おおよそ島の南端にあるビーチ、徳浜。

透明度の高い海が広がります。

この先にも奄美群島は続きます。さらに沖縄の島々。

今思えば日本一周の際に鹿児島〜沖縄を直行したのは正解でしたね。

離島をひとつずつ巡っていたら絶対「沈没」して越冬していただろう。

社会復帰することなく今ごろ流浪生活でもしていたかもしれない。






加計呂麻散策もそろそろ大詰め。

安脚場(あんきゃば)戦跡公園へ。

高台にある旧海軍の要塞跡で遺構が多数残っています。

さすがに頑丈そうな弾薬庫。






当然、砲台跡は見晴らし抜群。

戦時中は敵潜水艦に備えて海峡に多数の機雷が布設されていたそうです。






最後に製糖工場におじゃましました。

加計呂麻島唯一の西田製糖工場。

今日は工場はお休みの雰囲気。






せっかくなので工場直売所でお土産に黒糖を買いました。

試食したら風味絶佳、ホンモノの純黒糖です。

おばちゃんに色々お話をうかがうことができました。

島のサトウキビ農家は高齢で廃業が続いていると。

今は工場スタッフが畑を受け継いで自分たちで栽培をしているそうです。






道なりに進むとサトウキビ畑が。

奄美でもざわわざわわと表現するのかしら。






こちらはサトウキビの苗を植えているところ。

工場のおばちゃんのお話通りです。

トラクターで畝立てまで行ってあとは手作業ですか。

なかなか重労働ですね。お疲れ様です。

黒糖はありがたくいただきます。






14時40分の便で奄美大島に戻ります。

乗船時刻に合わせて雨が降ってきました。間一髪。

駆け足でしたが充実した加計呂麻旅でした。

出航して6分後、3月11日14時46分。

船の中で黙祷。

隣のおっちゃんも手を合わせていました。






加計呂麻島の足跡です。

まあ確かに、日帰りはもったいないかもしれません。

時間にとらわれず島時間に身を委ねられたら最高でしょう。






瀬戸内町の古仁屋に戻ってきました。

奄美大島では名瀬に次ぐ規模の街ですが今回は素通りです。

いつの日かのんびり散策してみたいです。






名瀬に戻り大島支庁の建設部建設課へ。

昨日訪れた大和ダムのダムカードをいただきました。

私のダムカードコレクションでは今のところ最南端です。

奄美大島の南にもダムはまだあります。

一生ダム活します宣言。






3日目のルート、走行距離176km(加計呂麻島内92km)。

島全体をくまなく回るなら3泊ともお宿を変えるのが正解かも。

1泊目名瀬、2泊目古仁屋、3泊目加計呂麻島とか。

拠点ごとに集中して回るほうが動線はコンパクトになるでしょう。






さて、奄美市名瀬の第三夜です。

もう少し踏み込んでみましょうか。

予約を入れておいた小料理屋「ゆらい処」へ。

お店は美人女将ひとりで切り盛りされているようです。






トゥビィンニャ、マダ汁、ターマン、フルイッキ、ナリガユ…。

聞いたこともない料理がズラリ並びます。

片っ端から注文してみよう。

藤子不二雄の「21エモン」にそんな話あったな。

トチメンボー、アカチバラチ、アバラカベッソン…。






カウンターには果実などを漬け込んだ女将特製焼酎がズラリと。

奄美特産の「たんかん」入り焼酎をいただきます。

志半ばで命を落とした方々に哀悼の意を捧げます。

南の島から献杯。






途中から料理の内容を尋ねるのもググるのもやめました。

出されたものを五感で味わう。

新鮮な出会いと驚きの瞬間を大事にしたい。

「フルイッキ」を注文して想像と違うものが出てくるのも一興。

女将さんとの答え合わせも楽しいひととき。






2軒目は同じビルの奥にあるバー「新月」へ。






上のお店のカラオケが大音量だったので心配でしたが完全防音でひと安心。

こだわりの音響空間で酒と音楽に溺れましょう。

ナウプレイングは先客のリクエストで70年代シティポップ。

ええやんええやん。






奄美といえば黒糖焼酎。なかなかのラインナップです。

マスターに色々教えてもらいながら一歩ずつ沼に足を踏み入れます。

先代からお店を引き継いだ若きマスターは元々常連客だったそうです。

フレンドリーで話上手な好青年。

素晴らしい夜をありがとうございました。






4日目につづきます。






参考文献

島尾敏雄「出発は遂に訪れず」新潮文庫

島尾ミホ「海辺の生と死」中公文庫