向井side











・・・・・


 高校1年生の夏。

 俺は深澤辰哉に出会った。


 「はぁ、はあっ」


 顔から血が止まらないので、両手で拭いながら、橋の上を歩いていた。


 「いってぇ、」


 父親は、俺を殴る人だった。


 「ねえ」


 父親が泥酔して、怒りの矛先が俺に向いたとき、抵抗する術を持ち合わせていなかったのだ。


 「え」


 血だらけの俺に声をかけてきたのが、深澤辰哉だった。


 「血、すごいよ」

 「あ、えと」


 スタスタとこちらに近づいてきて、ペットボトルの水を差し出してきた。


 「流しなよ」


 困惑している俺の手を取って、勝手に歩き出してしまった。


 「ま、待って!?どこに、」

 「下」

 「下?」

 「橋の下」


 橋の下の側面はコンクリートでできていて、座りやすい空間になっていた。川が流れているから涼しくて、頭が冷えていく感覚になる。


 「ほら、座って?」


 さっきからこの人の声は甘くて、すんなり言うことを聞いてしまいたくなる。


 「水、かけるからね」


 彼のバックからタオルを出して、傷口に水をかけた。


 「いて、」

 「しみるよねぇ」

 「いた、いたた!」


 思わずペちっと彼の手を叩いてしまった。


 「はははっ、猫みたい」


 あまりにも優しく笑うから驚いてしまった。


 「はい、おっけぇ」

 「ありがとうございます、」

 「てかなんでこんなボロボロなの?」

 「えーと、」


 父親に殴られてて、なんて言えない。


 「ま、色々あるか」


 深く聞いてこない思いやりにも、安心感を覚えてしまった。


 「その様子じゃ、体もアザだらけなんじゃない?」

 「…ちょっと」

 「てか君さ、オメガでしょ」

 「え、なんで、」

 「甘い香りした」


 分かるってことは、この人アルファなんや。


 「それならなおさらこんな格好で出歩いてちゃ危ないだろ?」


 柔らかかった空気にピキっと緊張感が漂う。


 「ごめんなさい…」

 「…あーもう、薬買ってきてやるからここにいて」

 「え、そんな」


 言い終わる前に、走り出して行った。

 なんで初めて会う俺にこんなに良くしてくれるのか、分からなくて、でも心地いい雰囲気に甘えてしまいたくなった。


 「お待たせ」


 10分ほど経ってから再び彼が戻ってきた。


 「上脱いで」

 「え!?」

 「変な意味じゃないよ、脱がないと塗れない」


 戸惑いながらもシャツを脱いで、彼に背中を向けた。


 「いったそう…」

 「あの」

 「ん?」

 「名前、教えてくれませんか?」

 「俺ぇ?」

 「はい」


 テキパキと手当をしてくれるから、慣れてるんだろう。


 「深澤辰哉」

 「ふっかざわさん」

 「ふっかざわって…!」


 俺が噛んだことに大爆笑されて、少し腹が立ったけど、笑い声も心地いい人だと思った。


 「いいよ、ふっかで」

 「ふっか?」

 「友達もそう呼ぶからさ」

 「ふっか、さん」

 「うん、ふっかさんだよー」


 もう分かっていた。

 この人とこれ以上一緒におったら、好きになる。

 アーモンド型のその瞳に、吸い込まれそうになる。

 なんとなく、直感でそう思った。


 「君はー?」

 「向井康二です」

 「康二ね、康二」

 「はい」

 「おっけーできたよ」

 「わ、ありがとうございました、ほんまに」


 ペコペコ頭を下げると、ふっかさんはまた笑った。


 「別にそんなに感謝されることじゃないよ」

 「お金もお返しします!」

 「いいって、勝手に俺がしたことでしょ」

 「でも、」

 「はいはいわかった、じゃあさ」


 ふっかさんはぐっと俺に近づいて言った。


 「また俺に会ってよ」

 「え、それは」

 「実は康二のこと、学校で見かけたことあるんだよね」

 「え、ほんまに!?」

 「うん、見たことある」


 俺は人見知りだから、あまり他の学年の階に行くことがなくて分からなかった。


 「康二、1年生でしょ?」

 「ふっかさんは?」

 「俺は3年」

 「先輩や!」

 「でも、別に気にしなくていいからね」


 そんなことを言ってくる先輩も、珍しい。


 「だから、高校で会ったらまた話しかけるわ」

 「それは、嬉しい」

 「良かった」


 弱っていた俺はこうして深澤辰哉に出会い、簡単に恋に落ちて行った。






 学校ですれ違うとき、ふっかさんはいつも声をかけてくれた。俺が父親に殴られる度に駆けつけて、手当をしてくれた。

 俺が辛いとき、ふっかさんはいつも隣にいてくれた。

 彼が泣いている俺を1人にすることは、1度もなかった。


 「ふっかさん」


 初めて彼に会ったときの勘は当たった。

 俺は、深澤辰哉に恋をした。


 「好きやねん」


 伝えないなんて選択肢がないほど、心を奪われていた。

 今思い返しても、俺はふっかさんに夢中で、依存しきっていた。


 「好き、です」

 「…どこら辺が?」

 「え?」

 「俺のどこが好きなの?」

 「全部」

 「軽いって」


 思っていた答えと違うから、なんて反応すればいいのか迷ってしまう。


 「俺のこと、安心させてくれるとこ」

 「あとは?」

 「俺のこと、1人にせえへんとこ」

 「他には?」

 「…目」

 「目?」

 「俺をまっすぐ見てくれる目」


 ふっかさんは、ふははっと笑い出して俺の頭を撫でた。


 「そっか」

 「うん」


 しばらく沈黙が続いたあと、気がつくと、唇が重なっていた。


 「え」

 「付き合うか」

 「え」

 「俺も好きだよ、康二」

 「ほんまに?」

 「ほんまに」



 俺とふっかさんは、恋人同士になった。


・・・・・











 「ん、めめ、重い」

 「重くない」

 「重いです」

 「ふふ」


 めめは俺にぎゅっと抱きついて離れなくて、気づけばそのまま唇が重なっていた。


 「め、っ」

 「ふふ」


 俺に息をさせたくないみたいに唇を塞がれるから、鼻が一生懸命働いている。


 「ん、っ、!」


 どんっとめめの胸板を叩く。


 「くふしい!」

 「かわいいんだけど」

 「かわいくないからっ」


 めめに背中を向けると、そんな俺でさえ丸ごと包み込まれた。


 「かわいいよ」

 「…へい」

 「何年経っても照れんのな」

 「…ひなた起きるから」


 昨夜、めめはあんなに険しい表情やったのに、柔らかい笑顔で笑っていた。


 「ねぇこうじ」

 「うん?」

 「俺のことすき?」

 「好きやで?」


 ほんまに、好きなのに。


 「そっか」

 「めめ?」

 「俺、ちゃんと覚えてるから」

 「なに?」


 俺の手を強く握るめめは、少し震えていた。


 「俺らが出会ったばっかのとき、康二に、ずっと忘れられない人がいるから付き合えないって言われた」

 「…せやな」

 「それでも付き合って欲しいって、結婚しようって言ったの俺だから」


 どういう意味や?


 「康二に大切な人がいるって知ってて、俺は…」

 「めめ、」


 自分の中の良心なんて、捨てたと思っていた。

 めめの子供じゃないひなたを、めめと一緒に育てることにしたんやから。

 とっくの昔に、良き結婚相手なんかじゃなくなったのに。


 「だから俺はさ、」


 もしバレたら、めめが苦しむことなんてわかってたのに。

 それよりも、ひなたの幸せを優先したくせに。


 「俺は、康二のそばにいたいだけだから」

 「めめ、俺は」

 「康二のそばに、いさせて」


 なのに、いざめめが震えてるとこを見たら、こんなにも胸が苦しい。


 「愛してる、康二」


 めめは、気づいてるんやろうか。


 「こうちゃん?」

 「ひなた、」

 「ぱぁぱ、こうちゃんおはよう」


 うとうとしながらも、俺にしがみつくひなた。


 「おはよう、ひなた」

 「おはよう」


 めめがひなたの頭を撫でると、嬉しそうに勢いよく抱きついた。


 「ぱぱきょうやすみぃ?」

 「休みだよ」

 「やったぁ」

 「パパもひなたと一緒にいれて嬉しい!」


 笑い合うめめとひなたは、幸せそうに見えた。











・・・・・


 「康二ももう卒業かぁ」

 「うん!」


 高校3年生の冬のある日。

 ふっかさんはその日もいつも通り、俺のそばにおった。


 「卒業してもそばにおってくれるやろ?」

 「…本当に康二は俺が好きだね」

 「好きやで」


 大学生になったら、やっと父親から離れられる。

 殴られたり怒鳴られたりする日々と、やっとお別れできる。


 「ふっかさんは…俺のこと好きじゃないん?」

 「好きに決まってるでしょー?」


 淀みなく答えてくれるから、安心する。


 「康二」

 「ん?」

 「俺はね、康二のことすきだよ。だいすき」

 「うん」

 「どんなときだってお前の幸せを願ってるから」

 「どんなときだってって…俺のそばにおってくれたら俺はそれでええもん」

 「人生そんな甘くねえから言ってんの」


 さすが先輩!と言って、ふっかさんの肩を叩いた。


 「とにかく!辛くなったときは思い出せ」

 「ふっかさんを?」

 「そうだよ、俺を」

 「かっこええこと言うやん」

 「俺はお前の味方だからな」


 ふっかさんとは、その約1週間後から連絡が取れなくなった。


・・・・・











目黒side


 康二の笑顔が好きだ。

 康二の声も好きだ。

 康二のキャラメル色の瞳も好きだ。

 康二の紡ぐ言葉も好きだ。

 康二の温かい優しさが好きだ。

 太陽みたいな康二が、大好きなんだ。


 「俺らが出会ったばっかのとき、康二に、ずっと忘れられない人がいるから付き合えないって言われた」

 「…せやな」

 「それでも付き合って欲しいって、結婚しようって言ったの俺だから」


 大学1年生の頃、俺は康二に出会って、そして簡単に恋に落ちたんだ。


 「康二に大切な人がいるって知ってて、俺は…」

 「めめ、」


 康二の瞳が揺れた。

 康二はきっと、まだその人を想っている。

 それでも俺は、そばにいたい。











・・・・・


 「向井くん」

 「目黒くん!?」

 「お昼一緒に食べませんか?」


 一目惚れだった。

 康二を人目見たそのときから、俺は自分でも分かるぐらいしつこく彼に話しかけに行っていた。


 「ええよええよー!」


 学食を食べていた康二の隣の席に腰を下ろした。


 「向井くんそろそろ俺のこと好きになりました?」

 「ぶふぉっ、」


 食べていたカレーを吹き出しそうになった康二を見て、またかわいい人だなあと思った。


 「もう!目黒くんいつも急すぎんねん!」

 「俺はいつでも向井くんのことが好きですよ」

 「…目黒くんはなんで俺のことが好きなん?」

 「全部好きです」

 「そんなこと言うたって…出会ってすぐやんか」

 「だから不思議です。俺も分かんないです。分かんないのに、向井くんに惹かれるから怖いんです」


 特に康二の笑顔が、俺は好きだ。



 太陽みたいに、周りの人まで明るく照らすようなそんな温かい笑顔。


 「向井くん、俺と付き合ってください」

 「…目黒くんこれ何回目?」


 最初は告白される度に咳き込んでいた康二も、さすがに慣れてきたようだ。


 「何回でも告白します」

 「目黒くん」

 「はい」

 「俺、今まで言わへんかったけど、ずっと好きな人がおんねん」

 「え、恋人いるんですか?」


 もともと阿部くんに恋人はいないって聞いてたから驚いたのを覚えている。


 「恋人、だった人や。ずっと忘れられん人や。それはたぶん、目黒くんと付き合ってからも変わらんと思うねん」

 「その人のこと、まだ好きなんですか?」

 「好きやで」


 その言葉は俺がずっと望んでいたものなのに。

 違う人に向けられていることにバカみたいに落ち込んだ。


 「せやから付き合えない。これ以上、目黒くんの時間無駄にする必要ないで?目黒くんはイケメンなんやからもっとええ人見つかるやろ」


 そう言って席を立った康二の手首を掴んだ。


 「え、」

 「じゃあなおさら付き合いましょう」

 「ええ?俺の話聞いとった!?」

 「聞いてました」

 「それなら目黒くんはバカや!」


 初めて康二にバカって言われた。


 「1番じゃなくていいです」

 「へ!?」

 「1番にはなりますけどいつか!」

 「いつかって…」

 「それより俺、向井くんのそばにいたいです」

 「目黒くん、」

 「俺と付き合ってください」


 思い返しても強引すぎる告白を、康二が受け入れてくれて、俺たちは付き合うことになった。


・・・・・











 「めめ」

 「ん?」

 「さっきめめはああ言ってたけど…俺はめめが好きやで。めめが好きで結婚した」

 「康二…」

 「ありがとう」

 「なにが?」

 「俺を好きになってくれて、ありがとう」


 そう笑う康二の笑顔は、やっぱり1番輝いている。











康二side


 「こうちゃーん」

 「んー?」

 「おさんぽいきたい」

 「お散歩?ええよ行こうか!ちょっと待ってな」


 今日は日曜日。

 今朝、気まずい空気になってしまっためめも仕事が休みな日だ。


 「パパも誘おっか」

 「パパもいっしょ!?」

 「きいてみようか」


 自室で仕事をしているめめの元に走り出したひなたを追いかける。


 「パパ!」

 「お、ひなた」


 少し疲れた様子のめめ。


 「ごめんめめ、忙しいよな」

 「うんん大丈夫。なんかあった?」

 「ひなたとお散歩いかん?」

 「行くよ行く!」


 すぐに立ち上がって、ひなたを抱き上げてくれためめ。


 「康二、あったかくしなよ。たぶん外寒いから」

 「うん、ありがとう」


 ひなたはめめの腕の中から飛び出して、俺とめめの手を繋がせた。


 「これでさむくないね!」

 「ひなた、めめに似てきたな」


 ふとそう言ってから、自分の発言に驚いてめめの瞳を見つめてしまった。


 「どうしたの?」

 「あ、いや…」

 「ひなたもパパに似てきたってよー?」

 「やったぁああ!」


 2人できゃっきゃはしゃいでいるのを見て、また胸が痛んだ。

 ひなたがめめに似てきた、か。

 今までずっと、ふっかさんにそっくりだ、なんて思っていたのに。

 都合がいい自分の脳みそに呆れてしまう。






 「パパ、ブランコいこ!」


 公園に着くと、めめの手を引っ張ってひなたはブランコへ一目散に駆けていく。


 「気をつけてやー!」


 近くにあったベンチに腰を下ろし、カメラを2人に向けた。


 「ふふ、ええ笑顔やな」


 その瞬間を捉えようと必死になっていると、後ろから肩を叩かれた。


 「わっ!」

 「わぁ!?」


 驚いて振り返ると、そこには数年ぶりに再会した渡辺翔太の姿があった。


 「ぎゃあああ!翔太くん!?」



 「翔太くんやんな!?うわぁ!!久しぶり!相変わらずイケメ…」


 翔太くんの手を包んでぶんぶん上下に振り回していると、すぐに腕を掴まれた。


 「いてっ、」

 「康二」


 めめが人を殺しそうな目で翔太くんを見ている。


 「ごめんめめ」

 「お前らほんとに結婚したんだな」

 「翔太くん…!」


 翔太くんは大学で出会った2つ上の先輩だった。

 もともと俺とは仲が良くて、かまってほしがる俺を嫌々言いながらも甘やかしてくれた大好きな人。


 「どうしてここにいるんですか?」

 「別に?今日たまたまいたのはお前らのほうだろ」

 「めめ!ごめんな」


 俺が翔太くんに懐いたのはめめと出会う前やったけど、それでもめめは翔太くんが気に食わないらしかった。それを翔太くんも感じていたようで、2人はずっと馬が合わないまま距離を置いていた。


 「お前らが結婚するほど仲いいとは思わなかったわぁ」

 「…どういう意味ですか?」

 「目黒、いつも康二のこと縛り付けてただけだろ?よっぽど自分に自信がねえんだなって思ってたよ」


 あかん、あかんよねこれ。


 「あなたには関係ない話です」

 「康二は優しいからどんなお前でも受け入れてくれるって前言ってたよな」


 俺の知らない話。


 「お前が受け入れられたいからってこいつのこと利用すんなよ、お前ずっとガキのままだな」

 「翔太くん!!」


 ばっと翔太くんの口を抑えた。


 「子どもが…聞いとるから」


 少し離れたところで俺たちの様子を伺っているひなたが見える。


 「…康二、子どもいんの?」

 「うん、いるよ」

 「名前は?」

 「ひなた」


 翔太くんの口を抑えていた俺の手をとって、ぎゅっと握った。


 「翔太くん?」

 「…目黒の?」

 「…うん」

 「そっか、おめでとう、康二」


 すると、めめがまた俺たちを引き剥がして、俺の腕を掴んだまま歩き出した。


 「あ、翔太くん!」

 「ん?」


 めめに引っ張られながら、翔太くんに声をかけた。


 「ありがとう!」


 翔太くんは笑っていた、ような気がした。


 「康二」

 「ん」

 「ごめん」

 「え?」

 「まだ話したかった?」

 「うーんん!もうめめとひなたと帰りたい!」

 「ごめん」


 ぽつぽつと謝るめめに俺はなにも言えなかった。

 ただ、強く握り返すことしかできない。


 「こうちゃん!ぱぱ!」

 「ひなた」

 「こわいおにいさん」

 「めめと仲が悪いんやであの人」

 「ちょっと康二!ちくらないでよ」

 「あははっ!ええやんなあ?仲悪い人ぐらいおるやろ」

 「おるやろ!」


 一気に明るい表情になったひなたの頭を撫でて、めめの手を強く握った。


 「俺な」

 「ん?」

 「めめが好きや」

 「え」

 「好きやで」


 自分の行いを正当化するためにこんなことを言ってるつもりはないのに。


 「ひなたも!」


 その穏やかな時間が続いてほしいと、そう思えるほど、俺は3人の時間が大切やった。











深澤side


 「おーいなべ、急に走ってどこ行ったのかと思ったら公園かよ」


 渡辺翔太は俺の仕事仲間で、唯一無二の仲間。

 俺が起業したときからずっと一緒に戦ってきた大切な存在だ。


 「あー、振られたわ」

 「は?」

 「大学のときに好きだった後輩」

 「え、いたの?」

 「いたいた。たまたま」

 「それで?」


 初めて見た。


 「旦那いて子どももいた」


 なべが泣いてるところは。


 「そうかぁ」

 「俺さ、あいつの彼氏まじで嫌いだったの」

 「なんで?」


 なにか言いたげに、なべは俯いた。


 「どんな理由を言ったって、結局は好きな奴に好きな奴がいるのが嫌だっただけだよ。負け惜しみ」

 「…そうだな」

 「幸せならいいわ、あいつが」

 「お前も負けないぐらい幸せになんだよ」


 俺たちはこんなところまで、似てるみたいだ。


 「ちょっとふっか!置いてかないでよ」

 「あ、ごめん」


 佐久間大介が怒った様子で走ってきた。


 「普通おいてくー?」

 「なべが置いてったのがまず悪いよね」

 「深澤はすぐ人のせいにする」


 俺たち3人は、子どもたちのための会社を運営している。


 「あれ?」


 向こうを歩いてる人の背中が康二に重なって見えた。


 「どうしたの?」


 佐久間がぎゅっと距離を詰めてきた。


 「んーん、なんでもないや」

 「ふっかも翔太も変なのー」


 康二に見えたからってなんだ。

 あいつはもう、俺に会いたがってなんかないのに。











ラウールside


 目を覚ましてスマホを手に取ると、1件の通知が届いていた。


 「…阿部くん?」


 阿部くんに最後に会ったのは、俺たちの卒業式の日だったはずだ。

 嫌な予感がして、すぐに電話をかけ直した。


 「阿部くん?」

 【あ!ラウール?】

 「久しぶりだね、どうしたの?」


 阿部くんは少し間を置いてから、口を開いた。


 【最近、康二に会ってる?】

 「うーん、めめに呼ばれて2ヶ月ぐらい前に家お邪魔したときに会ったかな」

 【また、会いに行ってくれない?】

 「え?」


 久しぶりに話す内容が、康二くんのこと?


 「なんかあった?」


 昔、めめが康二くんに暴力をふるったことが脳裏に浮かぶ。


 「もしかして、めめ、康二くんに…」

 【ううん、違うんだけどさ。康二のこと、心配だから】


 おかしい。

 阿部くんは康二くんと仲がいいのに。


 「阿部くんは行かないの?」

 【…喧嘩しちゃって、久々に。だから、行ってくれない?】

 「もちろん」


 運命の歯車が、動き出す音がした。











康二side


 「えぇ!?ラウ!」


 俺の声を聞いて、ひなたが玄関に向かって走ってくる足音がする。


 「久しぶりー康二くん、元気?」

 「ラウちゃーん!!!!」


 ひなたは俺を押しのけて、ラウールに飛びついた。


 「うおっ!え!?でっかくなったね!?」

 「ごめんラウ、重いやろ?」

 「うん」

 「素直すぎて失礼やな!」


 ラウールの頭を優しく叩くと、イタズラに笑った。



 「中、入って?」

 「ありがとう」


 突然の訪問者に驚きつつも、ラウールを家の中に招き入れた。


 「コーヒーでええ?」

 「いや、いーよいーよいらないよ」

 「でもこんぐらいさせてぇや」

 「大丈夫だから。俺、めめに言ってきてないし」


 ひなたの頭をとんとんと撫でながら、ラウールはソファに腰掛けた。


 「ええよ、別にそんなん」

 「あとから怒られんのめんどくさいしー」

 「別にラウが帰ったら洗うし」

 「いいから気にしないで、ほら座って」


 どこか弟のように接してくれるから、居心地がいい。


 「ほんま?」

 「ほんまほんま」


 じゃれているひなたと遊びながら、ラウールは俺の目を見た。


 「なんだ、見た感じ元気だね」

 「なんだってなんや」

 「阿部くんが心配してたよ」

 「阿部ちゃんが?」

 「喧嘩したんでしょ?」


 喧嘩。

 喧嘩っていうか。


 「小学生じゃないんだからさぁ、仲直りしなよ?」

 「それは、そう、やけど」


 阿部ちゃんの善意だったのか、それも分からないままに2人を追い出してしまったのは事実だ。


 「康二くんさ、最近なんかあった?」

 「え?」

 「なんかあったでしょ?」


 昔から、ラウールは勘が鋭い。


 「ないよ」

 「うっそだー、俺分かるよ」

 「なにがやねん」

 「康二くん、隠してることあるでしょ?」

 「ないよ」

 「ううん、あるよね」


 俺とラウールの間に緊張が走っていることに気づいたのか、ひなたが不安そうな表情を浮かべている。


 「あの日のこと、覚えてる?」


 ラウールの大きな瞳に飲み込まれてしまいそうになる。


 「あの日?」

 「康二くんが、俺ん家に来た日」


 ドクンと心臓の音が大きく響いた。


 「…だーいぶ前の話やんな」

 「うん、ひなたくんが生まれる前だね」


 あの日が、今の俺の人生の重要な歯車にはっているのは間違いなかった。











・・・・・


 ふっかさんのお手伝いをしたボランティアを終え、帰宅したときのことだった。


 「やめてって、なぁめめ!」

 「なんで?」


 めめは、帰ってきた俺を抱きしめて、急にベッドに連れ込んで行った。


 「なんでって、んも、離し」


 無理やり塞がれた唇を必死に離そうとしても、めめには力が及ばない。


 「やだよ」

 「なんできゅうに、っ」


 手首を握られ、完璧に固定されてしまう。


 「急?俺ら結婚してんだよね?」

 「せやけどっ、毎日めめ疲れとるやろ?」

 「関係ないよ」


 ジタバタするけど、そんな俺にも構わず、めめは俺の体に触れていく。


 「ねぇ、こわいよめめ!」


 ずっと頭の片隅に、ふっかさんがいた。

 恋人になってから、何度もめめと体を重ねてきた。

 それなのに、彼と再会してしまってから、彼を想う自分の気持ちと、めめのあまりにも激しい束縛に気づいてしまった自分がいた。


 「なんでこんな遅く帰ってきたの?どこでなにしてたの?なんでこんなにアルファの匂いがするの?」


 ふっかさんとあんなに近くにいて、匂いも移ってしまったはずだ。


 「水曜日は好きに出かけてええ日にしたやん」

 「だからって遅くなる日に連絡もしねぇの?」


 めめの言うことは合ってるのに。


 「アルファの匂いもべったりつけて…だから他の人と会わせたくなかったのに!」


 服を脱がせていくめめに必死に抵抗した。


 「そうやって縛り付けんといてや!」


 ふっかさんに言われた言葉を思い出してしまう。

 

 「縛り付けるってなんだよ」


 俺は、本当に色んな人と関わるのが好きなのに。

 それが楽しくて、生き甲斐なのに。

 それを捨ててまでめめと生きるって決めたのに。

 なのに、どうしてめめは…!!


 「いっぱいおった友達も、全然会えへんくなったよ。すぐ連絡出来る人なんてもう、阿部ちゃんぐらいしかおらん。寂しい。孤独やわ」

 「俺がいるじゃん」

 「めめは!めめは自由に生きてるくせに!」

 「は?」


 黙らせるように唇を塞がれ、首筋が噛まれる。

 全身を愛撫されて、されるがままになる。

 いつもと同じ。


 「ん、」

 「俺と康二じゃなにもかも違うでしょ」

 「そうやって俺を制限しやんで!!」


 初めてやった。

 めめに殴られたのは。


 「いたいっ!」

 「康二はなんもわかってない」


 鼻血が出てるのが自分でもわかった。


 「なんもわかってねぇんだよ」


 それでもめめは行為を続けた。


 「なぁいたいって、めめ!」


 優しさがない行為。


 「あ、ん、めめっ」


 愛がない行為。


 「ごめ、もう、」

 「なに?」
 「ごめんなさいっ、」
 「康二が悪いんだよ」

 こんなので子どもができたら嫌だと、そう思った。

 「ごめんなさい」

 そう謝ることしかできないくせに。

・・・・・










 「あの日さ、俺んちに来る前にどっか行ってたでしょ?」
 「…え?」
 「めめから康二くんがいなくなったって連絡が来たのは朝の7時頃だったけど、康二くんがうちに来たのは夜だったよね」

 なにかを突き止めようと、俺の心の奥に足を踏みいれようとするラウールの瞳を真っ直ぐに見れなくなった。

 「別にずっとひとりでおったよ」
 「でも康二くんは綺麗だった」
 「え?」
 「汚れもなくて、そうだなぁ、お風呂あがりみたいに」

 不安げな表情を浮かべていたはずのひなたは眠そうに、頭をかくかくと動かしている。

 「家出る前に、シャワー浴びたから」
 「それに、傷の手当もされてたよね」
 「それも、自分でしたんよ」
 「ふぅん」
 「なに?それを聞きに来たん?」
 「ううん、阿部くんに様子を見てきて欲しいって言われたから」
 「せやろ?それならもう済んだやん。俺は元気なんやし」

 俺は立ち上がって、ラウールの膝の上で、すっかり瞳を閉じてしまったひなたの側に駆け寄った。

 「ひなたも寝ちゃったし、今日は…」
 「康二くん」

 ラウールの手のひらが、俺の頬をつまんだ。

 「え」
 「俺はただ、康二くんに謝りたくて」
 「…なにを?」
 「康二くんは辛い思い、してない?」
 「辛い思いって…」

 困惑していると、ラウールの手は俺の頬から離れていった。

 「あの日、康二くんは俺を頼って来てくれたのに。俺、なんもしてあげられなかったね」
 「…そんなことないよ」
 「俺はめめと仲良いのに、俺のとこに来てくれたのは、助けてほしかったからじゃないの?」
 「それは」
 「阿部くんじゃなくて、俺だったのは、俺が弁護士だからじゃないの?」

 今度はラウールが泣きそうな顔をしている。

 「弁護士の俺に頼りたいことがあったんじゃないの?」
 「ちゃう」
 「俺なら、めめのことなだめながら康二くんの役にも立てるってそう思ってくれたんじゃないの?」
 「ちゃうよ」

 ラウールは、優秀でエリートで、冷たく見えるときもあるけど、それは周りの人を思ってのことだって俺は知っていた。
 つまり、まわりに対して平等な人なのだ。

 「殴られて、むりやりして、それで赤ちゃんできるの嫌だったんでしょ?」
 「ラウール」
 「昔、俺に写真見せてくれたの覚えてる?」
 「…なんの?」

 言葉をまくし立てていたラウールは一息ついて、再び口を開いた。

 「めめを断るなんてすごいなあって俺が言ったら、ずっと好きな人がいるって教えてくれたんだよ」
 「…せやな」
 「どんな人って聞いたら、康二くんと写ってる写真、見せてくれたでしょ?」
 「…そんなこと、忘れてたわ」

 ふとラウールの顔を見ると、涙が零れていた。

 「ラウ…」
 「ひなたくんはあんまりめめに似てないよね」

 驚いて、ひなたに視線を移すと、変わらずスヤスヤと眠っていた。

 「もしかして、あの日、俺ん家に来る前にどこかに寄ってきたんじゃない?」

 そう言われて、頭の中に記憶が蘇ってくる。










・・・・・

 行為を終えて、そのまま意識を無くしていたようだった。
 軽く綺麗に拭われていた俺の全身には痛みが走っていた。

 「…めめ」

 めめの拳には、血がついていた。
 俺を殴ったときについた血だ。

 「ごめんな」

 ベッドを降りて、グレーのパーカーを羽織って、行くあてもないまま、家の外に出た。

 「っくしゅん」

 時刻は午前5時30分。
 空気はまだ冷たかった。

 「っくしゅん!」

 足が勝手に動き出す。
 俺がつらいとき、苦しいとき、いつも貴方がいてくれた場所へ。

 「…ふっかさん」

 会いたい。
 貴方に、会いたい。
 そう思ってポケットからスマホを探しても、見つからない。

 「ほんまどんくさいな、俺」

 会える保証もないのに、足は止まらない。
 貴方の面影だけでも感じないと、息ができなくなりそうだった。
 なにも考えられないまま、ただ足を動かしていた。

 「…ふっかさん?」

 橋の上から川べりを見ると、そこには茶色い髪の毛を靡かせた人が座っていた。

 「ふっかさん」

 顔は見えない。
 後ろ姿だけで、貴方だとわかる。

 「ふっかさん!!」

 欄干から身を乗り出してそう叫ぶと、男性は驚いたように振り返った。

 「え、え康二!?」

 甘くて柔らかい、キャラメルみたいな声。
 その声を聞いて、俺は急いで彼のもとへと走り出した。

 「どうしたんだよ康二、え、お前いま何時か分かってる?」
 「分からん」
 「6時すぎだぞ」

 どうやら30分以上歩いてきたようだ。

 「てか、なんで…」

 安心して力が抜けたまま、戸惑うふっかさんの胸に溺れた。

 「…康二?」
 「会いたかった」
 「…お前、顔腫れてるよ」
 「うん」
 「唇も切れてる」
 「うん」
 「服に血ついてる」
 「うん」

 どうして、貴方はいつも、息が止まりそうな俺の側にいてくれるのだろう?

 「…なんか言ってくれないと、わかんないでしょ?」
 「…うん」

 俺の背に手を回して、優しく撫でてくれる。

 「俺にどうしてほしい?俺ができることはなんかある?」
 「抱いてほしい」
 「…え?」
 「お願い、助けて」

 ふっかさんはなにも答えないまま、俺の手を取って立ち上がった。

 「ふっかさん?」
 「大丈夫」
 「なにが?」
 「俺は康二の味方だから」

 胸が熱くなって、勝手に涙が流れてきた。
 そうだ、この人は、こういう人だった。





 ふっかさんの家に着くと、沈黙のまま、ふっかさんは俺の服を脱がせ、シャワールームまで手を引いてくれた。

 「ふっかさんっ」

 まるで子供にするみたいに、シャワーを俺にかけて、髪の毛をわしゃわしゃと洗い出した。

 「うわっ、」
 「目閉じなきゃ、水入るよ」
 「知っとるもん」

 シャンプーが流れて、目を開くと、鏡越しにふっかさんと目が合った。



 「ふっかさん、服濡れとる」
 「いいから」
 「脱がんの?」
 「…煽んな」
 「そういうつもりじゃ、!」

 頬に手を添えられて、右を向かされた俺の唇は、俺の後ろから身を乗り出したふっかさんの唇と重なった。

 「ふっかさ、」
 「痣新しいじゃん」
 「…うん」
 「旦那に殴られたの?」
 「なんも聞かんでよ」

 体にある痣に、ふっかさんが口付ける音が響く。

 「ん、」
 「痛い?」
 「ちょっと」
 「あとで薬塗ってやるから」

 高校生の頃と同じ。
 いつもふっかさんは俺の手当をしてくれた。

 「いつも?」
 「ううん」
 「たまに?」
 「初めて」

 ふっかさんの唇は、俺の体中を這うように口付けしていた。

 「ん、ねぇ」
 「んー?」
 「こちょがしい」
 「ふふ」

 首筋にふっかさんの髪の毛が触れて、くすぐったくなる。

 「…ふっかさん」
 「ん?」
 「ベッドがええって言うたら怒る?」
 「怒るわけないでしょ」

 ふっかさんは俺の肩にバスタオルをかけてくれた。優しく手首を引かれて、ベッドに腰掛けるように促された。

 「濡れるで?」
 「いいよ別に。俺も濡れてるし」

 頭の後ろに手を添えられながら押し倒されて、天井を背景にふっかさんを見る。

 「ふっかさん、」

 濡れたシャツを脱いで、顕になった彼の上半身は相変わらず色白で、薄くて、頼りなかった。

 「ちゃんと食べてんの?」
 「お前な、バカにすんなよ。けっこう筋肉鍛えてっから俺」
 「せやな、ええ調子や」

 俺たちは高校生の頃から2人とも細身で、お互いの裸を見る度にこんな会話をしていた気がする。

 「うるせぇな」

 唇が重なるだけで、こんなにも心が穏やかになるほど、頭の中はふっかさんでいっぱいだった。

 「ん、」

 そして、彼と体を重ねたのは、俺が今後も俺でいるためのエゴだったのかもしれない。





 「大丈夫?」
 「大丈夫やで」

 再びシャワーをしてから濡れた髪を乾かしてもらい、今度は傷の手当を受けていた。

 「あのさ、康二。もし旦那さんと…」
 「ふっかさんと一緒にいたくて、川まで歩いてったんよ」
 「え?」

 頬に薬を塗っていた手を止めて、驚いたような表情を浮かべるふっかさんを見て、微笑んだ。

 「ふっかさんに抱きしめてほしかった」
 「康二」
 「ふっかさんに、会いたくて…」

 ふっかさんは俺の背中に腕を回して、きつく抱きしめてくれた。

 「俺も康二に会いたかった。ずっとだよ」
 「嘘や」
 「6年前、約束やぶってごめんな」
 「…卒業式に会いに来るって、約束したくせに」
 「本当に、ごめんな」

 俺を慰めるように、優しく背を撫でてくれる。

 「今度はちゃんと、守るから」
 「え?」

 俺の肩に両手を置いて、目線を揃えてまっすぐに瞳を見つめてくる。

 「父さんに言われて、もうすぐ日本を発って、アメリカの支社に行くことになった」
 「…え」

 俺の宝物。
 また消えてなくなっちゃうの?

 「でも約束する。1年後、必ず戻るから」

 ふっかさんは俺の手を取って、小指同士を絡めた。

 「それまで俺を、待っててくれる?」
 「ふっかさん…」
 「俺は康二の味方だよ」

 体中の痛みが消え去るぐらい、ふっかさんの言葉が心にしみていた。





 「ほんとに帰んの?」
 「うん」
 「泊まってっていいよ?」

 ふっかさんは心配してくれているけれど、ここにいることがめめにバレたら、迷惑をかけると思った。

 「大丈夫、ほんまに、ほんまにありがとう」

 温かいふっかさんの手を離して、帰路に着いた。

 「っくしゅ!」

 もし、昨日のめめとの行為で新しい命を授かっていたら、と考えると不安だった。
 自分が死にかけた行為で、赤ちゃんを授かるなんて、正直、怖かったのだ。
 スマホを開いて、通知を確認すると、めめから数え切れないほどの電話がかかっていた。
 そして、その中に、見つけたのだ。

 「…ラウ」

 司法試験を一発でクリアした努力家の後輩を。
 ラウールは、めめの親友だけど、きっと俺かめめか、どちらかに偏ることなく話を聞いてくれると思った。

 「もしもし、ラウール?」
 【康二くん!?何度も連絡したよね!?今どこに…】
 「家に、行ってもええ?」
 【…もちろん。めめには、】
 「めめには、まだ、言わんといて」

 再び俺は、歩き出した。

・・・・・










  俺が今言えるのは、1つだけだ。

 「ラウール、ひなたはめめの子だよ」

 眉を下げて、涙を流していることにも、きっとラウールは気づいてない。

 「…康二くん、俺は別に康二くんが決めたことなら」
 「決めたことってなに?」
 「…それは」
 「ひなたはめめと俺の子やから。それだけやもん」

 ラウールは根負けしたように笑った。

 「康二くん、強すぎでしょ」
 「そこが俺のええとこやからな」

 彫刻のように綺麗な造形の顔が近づいてくる。

 「康二くんの覚悟が決まってんなら、俺は用事なくなっちゃったから、帰るね」

 ラウールが席を立ったので、見送るために俺も後を追った。

 「じゃあ帰るね康二くん」
 「わざわざありがとうな」
 「あのときは、ごめんね」

 ラウールは今日、何度も謝ってくる。

 「せやから、あの日はラウがおってくれてほんまに助かったよ」
 「…俺は康二くんのお願い聞かないで、電話があった時点で、めめに連絡しちゃったのに?」

 そう。
 ラウールは、俺の、めめには言わないでほしいというお願いを無視して、めめに連絡していた。

 「ええんよ、ラウはなんも知らんかったんやし」

 俺がラウールの家に着いて、初めて俺の姿を見たとき、酷く驚いていたのを覚えている。

 「家に来た康二くんを見たとき、しちゃいけないことをしたって思ったよ」

 顔や体を手当されて、いかにも重傷者の顔をしていたと思う。

 「康二くんがいなくなったって、それしか、それしか聞いてなかったから…」

 そしてそんな俺を見て、ラウールは俺の怪我とめめが、すぐに繋がったはずだ。

 「めめは大学のときから康二くんに馬鹿みたいに嫉妬してたけど、まさか…」
 「もうええから。ラウも、それにめめも、悪くないから」

 ラウールは俯いてから、俺の頬に手を伸ばした。

 「康二くん、本当に…」

 ガチャっと、扉が開く音がした。

 「…なにしてんだよ、ラウール」

 玄関の人口密度はマックスだ。

 「めめ」

 俺とラウールの声が重なって、玄関に響いた。



 「久しぶりやな、3人揃うの」


 そんな呑気なことを言う俺を見て、めめは微笑んだ。













to be continued