渡辺side


 「康二!?なにしてんだよ、こんなとこで」


 真っ赤に瞳を腫らしたまま、しゃがみこんでいる彼に目線を合わせた。


 「なんもしとらん」

 「もう22時だぞ。先に帰らせた意味ねえじゃん」


 一緒に残って仕事をしていたものの、時計を気にしていた彼を先に帰したのだ。


 「うん」

 「あーもう!送ってやるから、車乗れ」

 「翔太くん、ほんまに運転するようになったんやな」

 「再開したらけっこう楽しくてはまってる」

 「いっつも俺が翔太くんのこと乗せてたのにぃ」


 免許を取得してからもう何年も運転していなかったものの、いつも彼の助手席に乗せてもらってばかりなのが気がかりで運転するようになった。


 「だからたまには乗せてやりますよ」

 

 俺がそばにいるから、そう伝えられればいいのに。


 「ほんなら甘えちゃおうかな」


 くくっと笑った彼は嬉しそうに助手席に座った。


 「どこまで行きたい?」

 「どこまでって…家やろ」

 「そんなに目ぇ真っ赤な奴を家に送れと?」

 「…せやで」


 悲しそうに俯いて、口角を上げた彼をちらっと見た。


 「明日のことは心配すんな」

 「え?」

 「明日は土曜だし、ちゃんと家にも届けてやるから」


 それでも彼の表情は変わらない。


 「遠くまで行こうよ」


 再び彼を見ると、白い頬に涙が一筋流れていた。


 「…深澤となんかあったのか?」


 本当は分かっていた。

 彼の涙の原因が、深澤辰哉だってこと。


 「愚痴、聞くけど」


 もう簡単には彼の表情を見ることができない。

 見たら、きっと抱きしめてしまいたくなる。


 「…ふっかさんがな」


 ぽつりぽつりと話し始めてくれたようだ。


 「ふっかさんが女の人と歩いてんの見た」


 車は海を目指して走行し続ける。


 「あいつ友達多いからな。友達だろ」


 向井康二の恋人は、俺の親友だった。

 高校時代に出会った俺の親友は深澤辰哉といって、とにかくオールマイティな人間だった。

 会社の後輩として出会った彼を好きになった頃には既に、深澤と付き合っていた。


 「夜やで。距離も近かった。その日、帰ってこおへんかった」


 息継ぎをせずに話し続けるから、俺が口を出す暇は無かった。


 「なにしてたんかな、俺ひとりにしてさ」


 ぐすっと鼻をすする音がする。また泣いてるんだ。

 スマホに手を伸ばし、プレイリストを再生する。


 「確かにあいつはモテるけど、康二を裏切ったことないだろ」


 プレイリストからは、彼が好む曲が流れてくる。


 「うん」

 「じゃあそんなに泣くな」

 「でも帰ってこおへんもん。それは初めてや。連絡しても出てくれんし、それにあの女の人綺麗やったわ」


 耐えられずに彼の顔に視線を移すと、すっかり下がった口角とぴくぴく動く鼻が愛らしく見えて仕方なかった。


 「ほら、着いたぞ」


 彼が好きな海に着くと、曇らせていた瞳が少し明るくなった。


 「海やな」


 勢いよく車から飛び出して、海に向かって駆け出して行った。


 「おい康二!」


 まさかと思っているうちに、彼は海に飛び込んでしまった。


 「おい!バカ!」


 急いで追いかけて、康二の肩を掴んだ。


 「ふはははっ!冷た!」


 大口を開けて笑いながら、手のひらをを口元に寄せている彼が月に照らされていた。




 「よかった」

 「え?」

 「笑ってくれてよかった」


 康二は笑顔が1番かわいいんだから。


 「翔太くんがおってくれてよかった」

 「お前さぁ…」


 彼は、恐らく真っ赤であろう俺の頬を撫でて、ふにゃっと笑った。


 「ずっと笑ってろよ」

 「ん?」

 「康二はさ泣いてる顔よりも、笑顔のほうが似合う」

 「…翔太くん」


 俺の言葉を聞いてまた泣き出してしまった。


 「翔太くううん!!」


 俺に抱きつき、首に顔をうずめて泣いていた。


 「康二」

 「うん」

 「俺はお前のいい所、すげえ知ってる」

 「…例えば」


 彼の背中に手を回し、力強く抱きしめた。


 「優しい」

 「他は」

 「面白い」

 「他は」

 「気遣い」

 「他は」

 「かわいい」


 次を要求してこないので、満足したんだろうか。


 「かわいいって、なんやねん」

 「え、そこ?」


 俺から離れ、恥ずかしそうに頬を赤らめている。


 「かわいいってな、そんな、言われんもん」


 深澤は、本当に優しいやつだ。

 それと同時に、心底彼を愛していて、大切にしているのも見ていれば分かった。


 「…深澤に?」


 深澤にできないことを、俺ができるなら、なんでもしてあげたいと思った。


 「言わんよーふっかさんは」


 見上げれば、空には星が散っていた。


 「綺麗だな」


 彼の目を真っ直ぐ見て伝えた。


 「せやな、綺麗やな」


 微笑んだ彼の視線は星に向いている。

 違うよ、お前だよ、なんて言えなくて。


 「…っくしゅん!」

 「ほら、風邪ひくぞ」


 自分が着ていた上着を脱いで、彼の肩にかけた。


 「ええの?」

 「いいよ」


 俺の上着に袖を通すと、嬉しそうにはにかんだ。


 「ふふ、翔太くんの匂いや!」


 ベージュ色の瞳が俺だけを捉えている。


 「康二」



 「なあに?」


 今しかないと思った。

 本当の気持ちを伝えるなら。


 「俺さ、康二のこと」


 プルルルル

 彼のスマホが鳴った。


 「あ、ごめん、電話が」

 「あぁ、うん、いいよ」


 なんとなく、分かった。

 きっとその電話の主は。


 「…ふっかさん」


 予感は的中した。


 「なんやねん、帰って来おへんかったくせに、俺には帰ってきてほしいんや」


 深澤は怒るだろうか。

 深澤は意外と、ヤキモチ妬きだから。


 「…せやから、ふっかさんは」

 「貸して」

 「え」


 彼からスマホを奪って、電話を代わった。


 「深澤?」

 【んぁ?なべ?】


 久しぶりに深澤の声聞いた気がする。


 【なんでなべがいんの?】

 

 決して怒っているわけじゃない。

 深澤は、本当に優しい奴で、怒ったところを見たことがない。


 「康二が泣いてたから」

 【あらまぁ優しい翔太くん】


 おちゃらけたトーンはずっと変わらない。


 「お前が泣かせたんだよ」

 【…そうだね】

 「深澤、康二のこと」

 【なべ】


 それは威圧的で、初めて聞くような深澤の声だった。


 【康二は俺のだよ。なべにはあげない】


 背筋がゾッとした。


 「…お前のもんじゃねえよ」

 【ん?】

 「康二は康二のものなわけ。分かるか?」

 【ひひひ、そうだね】


 一瞬の沈黙のあと、先に深澤が口を開いた。


 【康二を家に送ってくれる?】

 「…はいはい」

 【信じてるよーなべ】


 またケタケタと笑って電話を切った深澤の余裕と自信を感じて腹が立った。


 「ごめん、切られたわ」

 「ええもん別に」


 深澤からの連絡があったからなのか、ご機嫌が復活した様子の彼の肩を叩いた。


 「帰るか」


 頷いた彼と再び車に乗り込む。


 「ごめんなぁ翔太くん、俺濡れてる」

 「いいよ別に」


 さっきまでとはうってかわった笑顔。

 全て深澤のおかげ。


 「康二」

 「ん?」

 「幸せになってほしい、お前には」

 「…翔太くんも幸せになろうな?」


 本当に、太陽みたいな人間だ。


 「深澤にちゃんと、ちゃんと幸せにもらえよ」


 太陽みたいに眩しくて、眩しくて、眩しくて、俺のそばにいるには勿体ないほど輝いている。


 「ふふ、ありがとうな。でも俺、翔太くんにめっちゃ感謝してんねん」

 「え?」

 「会社入ったときから優しくしてくれたし、こうやって今日も愚痴聞いてくれて」

 「そんなの、別にどうってことない」

 「普通こんなにしてくれへんよ、ただの後輩に」

 

 ただの後輩、なんて思っていないのは俺だけだ。


 「俺は優しいからな」

 「ほんまにありがとう、だいすきやで」


 また。

 こんなに簡単に、だいすきだと言ってくる。


 「康二」


 あぁ、返したくない。


 「ん?」


 彼の家に車が到着するまであと少し。


 「ごめん、ずっと嘘ついてた」


 目的地が見えてくると、タイムリミットに襲われている気持ちになる。


 「なにが?」


 ウィンカーを出して、彼の家に入り、車を停めた。


 「このまま帰したくないって言ったらどうする?」


 馬鹿なことを聞いている。


 「え?」

 「康二が欲しい」


 こんなに大事な君を幸せにするのは、本当は俺がいいんだ。


 「康二が好きだ」


 曖昧な言葉の奥に秘めていた想いを乗せて、彼の唇にゆっくりと重ねた。


 「しょ、」

 「好きだ」


 ずっと、俺の心の中にいて。








end