渡辺side
バスの揺れが彼の前髪を揺らす。細い首がかくんと折れ、俺の肩に頭を委ねている。
「康二、起きろよ」
銀色の指輪がはめられた丸い指が俺の服の袖を握っている。康二、と小さく呟く。本当はまだ起きなくてもいいんだよ、なんて思ったりして。
小さく開いた唇がきゅっとしまって、ゆっくりと大きな瞳をあけた。
「ごめ…」
うつろな瞳が俺を視界にいれる。
眠たかった、とあくびをしてから俺から離れた。康二の重さがなくなった肩が、やけに悲しい。
「寝てねぇの?」
「うん、昨日はね」
くああっと大きく口を開けた姿も、なんだか愛らしい。
「なんで?仕事大変なの?」
唇を撫でながら、それもあるんやけど、と口ごもる。
「なんだよ」
「昨日、めめが帰ってこおへんかった」
悲しげにふせられた長いまつ毛。
ふれたい、もっと康二の近くに行きたいと、血迷う自分をなんとか制止する。
「浮気?」
「なんでそんなデリカシーのかけらもないねん、ばーか」
【次は〇〇でございます。お降りの方はお知らせください】
「悪かった、ちょ、康二」
先に席を立った康二を追いかけてバスを降りる。
「康二!」
ぎゅっと手首を掴むと、涙を浮かべた康二がこちらを向いた。
「康二…?」
「翔太くんには分からんやろ?最近、そっけなくて、それにっ、前の人と、会って、る…みたいやしっ…」
ぼろぼろ流れてくる涙でさえ愛しい。その涙の原因が目黒でさえ、なければ。
「じゃあ、俺にすれば?」
「…へ?」
細い腕をひき、胸に彼をおさめる。
「冗談言わんといて、笑えんし」
ひきつるように笑うから、もっと力をこめて抱きしめる。
「ほんま急になんなんっ?」
俺がこんなに君を好きなのに、どうしてこっちを見てくれないの?
「好きなんだよ」
康二が俯いてるとき、泣いてるとき、笑っているとき、幸せなとき、目黒を想っていたとき。
俺は康二のそばにいたよ。
「なに、言って…」
「好きだよ」
俺を好きになったほうが、幸せになれるのに。
「うそ、や、うそやっ」
きっと今頃あいつはその元恋人と会ってんだよ、もう飽きられてるんだよ。
そう、伝えられたらいいのに、そんなこと言ったら、康二を傷つける。
ピコンっと、康二のスマホがなった。
「離して…?めめかも」
俺の一世一代の告白よりも、目黒からの連絡が大事なのかよ。
神様。どうして康二を嫌いになれないんだろう?
「俺じゃ、だめですか?」
そっと離れて、真っ直ぐに目を見つめる。
嫌いになれないのなんて、わかっていたくせに。何年も変わらなかった関係を失うのが怖かったのは誰だよ。
「俺なんか好きになる価値ないやろ?」
柔らかい肌に、細長い首。今にもおれてしまいそうなほど頼りなくて、美しい。
そうだ、もう全てさらけ出してしまおう。長い片想いに、終止符を打つ日が来たのだから。
「どうせめめも離れてくし」
こちらを見てほしくて、むりやり重ねた唇は、ひりひり、俺の気持ちを伝えようと必死だ。
「一緒にすんな、俺はずっとお前のこと…!」
「そんな長さなんか関係ないんよ、俺には、一緒にいてもらえるような、そんなええところ、ないんやもん」
なんでそんなこと言うんだよ。
そんな魔法にかけられて、康二は自分を苦しめてしまうの?毒に蝕まれて、消えてなくなるの?
「魔法は、とけないの?」
「…とけんよ」
王子様のキスがなければ、目を覚ましてはくれない白雪姫を、小人はただ眺めていた。白雪姫のために働いて、共に暮らしたのに。白雪姫が求めているのは、王子様、ただひとりなのだ。
小人は王子様には、なれないのだろうか。
「でも俺、小人なりに、康二を大切にできる自信があるんだけど」
「こびと、とは?」
にんまりと笑った俺を不思議そうに見つめる君にもう一度伝えることにしよう。
「好きだよ、俺と付き合ってください」
いいかい、白雪姫。毒りんごなんかもう食べちゃだめだよ。世界一美しいのは、君なんだから。
「俺っ…」
少しでいいから俺を見て。
実は、王子様は、小人かもしれないんだから。
to be continued…
