彼女が荷物を取りに来るというので、僕は出かける用意を始めます。
頭の中では沢田研二の“勝手にしやがれ”が流れていました。
すると、彼女からメールではなく電話がかかって来ました。
イヤミのひとつも言いたいのだろう、と無視していましたが、何度もかけてくるので仕方なしに出ました。
「私のコールを無視するなんて相当ね」
「話す事なんて何もないからね」
「あっそう・・・。 でも、私は最後くらいちゃんと話し合ってから別れたいの。
いくら考えても、kakクンに振られるような覚えもないし、このまま終わるなんて納得できない。
だから、そのままお部屋に居てほしいの。すぐ行くから・・・」
彼女は相変わらず強気でした。
おそらく、どこまでバレているのか探るつもりなんだと考えました。
もし自分が隠し事をしたなら、相手が何をどこまで知っているかを探りながら、自分の罪を少しでも軽くするように小出しに白状するだろう・・・そう考えたからです。
この時の自分はかなり意地悪になっていました。
すぐに彼女がやってきました。
意外と落着いた表情で言います。
「ねえ、kakクン・・・一体どうしちゃったの? 本当の事を言って」
「本当の事? そのままお返しするよ。
・・・まあいいや・・・誕生日の夜、Iさんとデートしてたでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
予想どうりでした。否定も肯定もせずに探っています。こちらも敢えてそれには答えず、
「誕生日ってさぁ、一年に一度しかないんだよ?そんな日に何で恋人に嘘ついて他の男と会わなきゃいけないの? 絶対おかしいでしょ?」
「だからどうしてそう思うのよ? また誰かに『男といるのを見かけた』とか言われたの?」
「どうして知ってるかなんて関係ある? 今問題なのはIさんと会ってたかどうかでしょ!」
・・・・
彼女はため息をひとつついて、
「分かったわよ。本当の事を話すわよ」
そう言って話し出しました。
彼女の言う“本当の事”とはこうでした。
若い頃少しだけ働いていたクラブのマネージャーから、謝礼を出すからお客さんを紹介してほしいと言われ、ちょうどIさんから連絡があったのでそのクラブに連れて行って紹介してあげた。ただそれだけの事だけど、僕が知ったらまた妄想をふくらませて面倒だから黙っていたと・・・。
・・・そのクラブで働いていた話は何度も聞いて知っていました。僕でも知っている地域では有名なお店です。
ですが、あの日実際にいたスナックとは全然違う場所にあります。
やはり、小出しに白状して自分を正当化しようとしています。
そこまでして何を隠したいのだろう?
そこまでしてどうして僕と別れようとしないのだろう?
いくら考えても彼女の心の中なんて結局わかりません。
いつもいつもこんな“腑に落ちない”言い訳ばかり何度も聞かされるのが正直ウンザリでした。
「まだ嘘ついてる・・・」
「ついてない! これが全てよ。 私を貶めてもう満足したでしょ?」
「本当はあの日、○○(地名)の居酒屋でご飯食べて、××ってスナックで飲んでたね? 違う? クラブなんて行ってないくせに・・・どうしてどこまでも隠したいの? 何をそんなに隠したい? 実はIさんと援助交際でもしてるんじゃないの?」
当然、彼女はすぐには認めず、そんなでたらめ誰に聞いたの?とか、私達の仲を裂こうとしてる誰かの陰謀だとか言っていました。
しかし、そんな煽りに乗らないようにグッと堪えて冷静さを保ち、
「どっちにしろ、もう終わりなんだから本当の事を正直に話してよ・・・嫌な女だったって最後に思いたくないんだ」
そう言いました。
僕は卑怯です。彼女には洗いざらいを要求しておきながら、不正アプリを使った事を隠しているのですから・・・。
「そうね・・・」
そう言って彼女はやっと本当の事を話してくれました。
そして、僕のお店がこの先いよいよ立ち行かなくなった時、Iさんなら呼べばまたすぐ来てくれてお金を使ってくれるだろう。その時の為に、僕に嘘をついてでも繋げておきたかった、とも言いました。
「全てはkakクンの為なのよ・・・隠していたのも、話せばkakクンのプライドを傷付けてしまうと思ったから。 kakクンにお店を絶対に諦めてほしくないの。 本当に愛してるのに・・・・
分かってもらえないのがとっても悲しい・・・」
そう言ってサメザメと泣いてしまいました。
何だかガックリと身体の力が抜けていました。
今までなら、それでもまだ少しは疑っていたかも知れません。
でもこの時は何故かもう思考回路が完全にOFFってしまい、別れる別れないも、許す許さないも、目の前の彼女を愛してるかどうかさえ、もうどうでもいい・・・そんな感覚に陥っていました。
「kakクン・・・私の事、本当に愛せる? 本当に愛せるなら、私をもっと見つめてよ。私がどれだけkakクンを愛してるか、もっと分かろうとしてよ! 絶対に手放さないって思ってよ! 簡単に別れるとか言わないでよ! 私を命に代えても守るって言ってよ!」
うつむく僕に、追い討ちをかけるように手を握り、抱きついてキスをしてきます。
もうダメでした。完全に僕の負けでした。
(僕は間違いなく彼女に愛されている。こんなに愛してくれる人は世界中探したって一人だっていない)
そう思ってしまいました。
「僕が悪かったよ・・・いつか裏切られるかもってそればかりに心が奪われて・・・信じ切れなかった僕を許して・・・」
そう言っていつまでも抱きしめあっていました。
散々動揺した挙句、またもや元の鞘に戻ってしまった自分に嫌悪を感じつつ、こうやって彼女に心を掻き乱されるのを、実はいつも自分から求めているのでは?・・・段々とそう考えるようになって行きました。
