私には8つ離れた兄がいる。
彼の人間としての評価は上々である。
素晴らしい人格の持ち主というのが大方の周囲の意見と言っていいと思う。
幼いころから近くで見てきた私もそう思う。優秀でやさしい人だ。
ただ、長い時間を共に過ごした私から見れば
それよりももっと彼の特異な部分に目が行ってしまう。
確かに彼は社会性に長けていて、相手との関係によらず分け隔てなく親切に接することができるのだが、私にはそこに純粋な思いやりとは違うものがあるように見えることがある。おそらくそれは二、三年の付き合いでは感じることのできない種類のものだ。
適切に表現するのは難しいけれど、平均的な人と比べて俯瞰した立場から物事を見ることが多いのかもしれない。
私を含め、ほとんどの人は誰かの話を聞いたり、物語性のある作品を見たりする時、多かれ少なかれ感情移入が生じるものだと思う。その中で感嘆したり、もどかしさを感じたり、時には涙を流したりするものだ。
けど彼の場合はそれが極端に少ない。
彼と共に行動したり、何かを彼に相談した人間はおそらく彼に対して良い印象を抱くだろう。彼の人懐っこい笑顔は見る者の心をあったかくするし、実際に彼の理知的な言動は、物事を成功や解決に導くことが多かった。
だから彼をみんなが頼ったし、彼も一見は快く引き受けているように思えた。
妹である私にもそうだった。
彼は私がさびしい思いをしないように、いつも気遣ってくれた。兄とは違ってあまり人から好感の持たれない私は、兄について回ることで人間性を確立していったと言える。
兄が高校に上がる頃になるとさすがに2人で出かけることは少なくなったが、
ただ共に過ごす時間が減っただけで、私のことは変わらず尊重してくれた。
普通の女の子の成長過程において当然のように起こる
学校、友達、親の悩みからもいつも側で兄が守ってくれた。
時には遠いところで見守ってくれたし、時には実際に手助けをしてくれた。
そんな兄に私もお返しをしようと試行錯誤したが、私にできることで兄にできないことは1つも無かった。
父は工作機械メーカーで営業の仕事をしていた。
私には今も詳しい仕事の内容はよくわからないけど、仕事の電話での対応や母と話しているのを聞いていると人間関係に気を使うもののようだった。
そのせいか、父は無口でいつも疲れている印象しかなかった。
母は週に2度、1つ隣の駅のスーパーでレジ打ちのパートをしていた。
それは生活のためというよりも、自分の小遣い稼ぎが目的だった。
非常に見た目を気にする人で、もう40も半ばだというのに
新作の化粧品や、新手のダイエットには目ざとく飛びついた。
見た目にはほとんど気を使わない私に時々小言もこぼしたが、
根本的に自分のこと以外はほとんど興味のない人なのでさほど私に執着は見せなかった。
両親がそんな風だから殊更兄は私にとって大切な存在だった。
これから私は残された者の義務として、そして改めて自分にとっての兄の位置づけを考えるために2006年からの一連の出来事を書き残そうと思う。
兄に対する私の気持ちは強く、特殊なものがあるので客観的に見ることは難しいができるだけ事実だけを残したいと思っている。
これはおそらく平凡な日本の家庭で、そして何よりも凡庸と言える私の周りで起こった2006年からの出来事である。