人格=人がら。人品。「―を磨く」
〔心〕(→)パーソナリティーに同じ。
道徳的行為の主体としての個人。自律的意志を有し、自己決定的であるところの個人。
法律関係、特に権利・義務が帰属し得る主体・資格。権利能力。
自律というのは自分で行動を規制することで、それは自分の規範というこど。
https://www.sankei.com/west/news/180501/wst1805010072-n1.html
2018.5.1 19:13
【受刑者脱走・動画】
あと半年で仮出所も「辛いので逃げた」 潜伏先に「刑務官にいじめ」メモ…動機を捜査
「あと半年で(刑務所を)出られると分かっていたが、それでも辛いので逃げた」
「刑務官にいじめられた」
「刑務所の人間関係がいやになった」
「食事も食べ、体調もいい」「久しぶりにゆっくり寝られた」
あと半年で出所なのに、それが待てずに脱走する理由が、刑務官が悪い、からだ。
そもそも、この男はどうして逮捕され刑務所に送られたか?
2013年3月頃から、知人の男と九州各地の店舗や車などを狙って約120件(被害総額約400万円)の盗みを繰り返した。同年6月、福岡県内の理容店を物色中、警察官に発見され、逃走。約1か月間、山中に隠れるなどして逃亡を続けた。
逮捕後、懲役2年6月、執行猶予3年の判決を受けたが、再び福岡県内で駐車中の車の部品を盗むなどしたとして15年2月に懲役3年の実刑判決を受け、前回判決と合わせ刑期は5年6月となった。
120件以上の盗みや住居侵入、職務執行妨害からの逃走に逃亡、執行猶予後に再犯で刑期が5年6月。
執行猶予中も窃盗を実行するなど、自制心が殆ど無い。そして景観を振り切って逃走するのは、その後どうなるのか、という推測もつかず、ただ衝動的に「つかまりたくない」と拒絶してしまう。 つまり、自分のしたことを自覚して観念するという覚悟がないのだ。その理由・言い訳が、自分以外の他人が悪い、である。
刑務所はなんのためにあるか?
犯罪者の矯正と社会復帰のためにあるのではないのか?
それが、悪いのは犯罪を犯して刑期に服した自分ではなく、気に食わない刑務官やその他の受刑者たちなのだ。
結局、全てから開放されたいという願望が強い。刑務所からの脱獄や警察署での勾留は、刑務所からの開放であった。
窃盗という犯罪を繰り返すのも、社会性からの開放であろう。道徳意識と社会人としての義務からの開放という強い願望は、通り一遍の矯正ではとうてい通用しない。
数々の窃盗も、脱走にしてもなんの反省もないし、なんの罪の意識もありはしない。一時的な開放感は、「食事も食べ、体調もいい」「久しぶりにゆっくり寝られた」と、ただただ自己本位であった。
このような人格は一般とは大きく異なり、非常に特異なものである。