母への告知
母の今後について家族全員で話し合いをした。
前回のブログにも書いたが
母は治療する事が生きる活力となっている。
家族の誰もがそんな母へ告知をしたらいけないと思っていた。
特に元気になって来た【今は】いけない
言ったら、余命を縮めてしまう
誰もが主治医からの言葉を信じる事ができていない。
ただ…言う事が、余命が縮まると考えてしまうと考えてしまう時点で
それだけ母は衰弱してきているんだな
と
改めて納得してしまった。
“母への告知はしない”と決まった
これが正しい選択なのかは、正直わからない。
家族個々の考えでは、“自分なら知りたい”と考えている。
だからなおの事考えてしまう。
でも考えても分からない。
「本当は言った方がいいんじゃないのか??」
と1人悩んで沈んでいる暇はない。
今私達がやる事は“母の1番を考え、行動する事”
悩んでいる場合じゃねーぞ
と、もう1人の自分が言う。
今回の入院をきっかけに母に
往診の先生や在宅看護士の話はできた。
本人はやはり
「まだ早い」
と考えていた。
本当は私達も全く同じ気持ち
でもやらなければならない
余命宣告を受け、2日たった
母の状態が変わらない限り、何を言われても実感はわかないと思う。
でも行動は往診の先生や在宅看護士を決めようとしている。
この気持ちとは真逆の行動はなかなかキツいな
今日は退院の予定の日
やはり母の前で笑っているのは楽じゃない
だが母自身が一番死の恐怖に怯えている。
いつものように母のマイナス発言を私が笑ってプラスに変換する。
動けるうちはこれでいける
動けなくなったら……
その時考える
母の余命が伸びるなら、私は大嘘付きにもなるし、でも何でもやってやる
前回のブログにも書いたが
母は治療する事が生きる活力となっている。
家族の誰もがそんな母へ告知をしたらいけないと思っていた。
特に元気になって来た【今は】いけない
言ったら、余命を縮めてしまう
誰もが主治医からの言葉を信じる事ができていない。
ただ…言う事が、余命が縮まると考えてしまうと考えてしまう時点で
それだけ母は衰弱してきているんだな
と
改めて納得してしまった。
“母への告知はしない”と決まった
これが正しい選択なのかは、正直わからない。
家族個々の考えでは、“自分なら知りたい”と考えている。
だからなおの事考えてしまう。
でも考えても分からない。
「本当は言った方がいいんじゃないのか??」
と1人悩んで沈んでいる暇はない。
今私達がやる事は“母の1番を考え、行動する事”
悩んでいる場合じゃねーぞ
と、もう1人の自分が言う。
今回の入院をきっかけに母に
往診の先生や在宅看護士の話はできた。
本人はやはり
「まだ早い」
と考えていた。
本当は私達も全く同じ気持ち
でもやらなければならない
余命宣告を受け、2日たった
母の状態が変わらない限り、何を言われても実感はわかないと思う。
でも行動は往診の先生や在宅看護士を決めようとしている。
この気持ちとは真逆の行動はなかなかキツいな
今日は退院の予定の日
やはり母の前で笑っているのは楽じゃない
だが母自身が一番死の恐怖に怯えている。
いつものように母のマイナス発言を私が笑ってプラスに変換する。
動けるうちはこれでいける
動けなくなったら……
その時考える
母の余命が伸びるなら、私は大嘘付きにもなるし、でも何でもやってやる
オブラートに包まれていた真実の言葉
一昨日の続き
主治医の余命宣告の後、以前言われた終末期の準備について専門の相談員さんに話を聞く事となった。
往診の先生、在宅看護士の準備とホスピスの予約
先月言われた主治医からの言葉は
「もし今後体調が悪く病院まで来られない時の為に往診の先生や在宅看護士を決めておいた方がよい。
そうすれば体調の悪い時に母が無理に病院に来なくてもいいから楽である。
今の状態から先生と信頼関係が出来ている方が、体調の変化も分かるからよい」
ホスピスに関しては
「今すぐという事ではなく、順番待ちで入りたい時に入れるモノではないから予約だけでもしておいた方がよい。」
と、こんな感じの言葉
母を傷つけない為にオブラートに包んだ言葉だった
往診の先生や在宅看護士は理解できるが、
“ホスピス”とは日常生活でこの言葉を発言する事自体が初めてなくらい
ざっくりとしたイメージしかない
だから専門の相談員さんが病院にいるのだろうけど、、、
相談員さんに詳しく教えてもらった。
ホスピスとは
別名 緩和ケア病棟
治療をせず、痛みや精神的苦しみを和らげ最後を穏やかに迎えられるようにする所
必要条件→治療をしない事を希望する人
予約時に必ず本人に治療しない事の確認をするとの事
母ははっきり言って、“治療する事が生きる原動力となっている人”
ホスピスの具体的な内容を言う事は
母に「今頑張っている事は無駄ですよ。」
と言っている事と同じ事
実際 9月に言われた「“新薬の開発”まで頑張る」と一昨日も言っていた。
それが無理なのは、母もきっと分かっている。
母は昔からどんなに辛い状況でも、常に前を向いて頑張っていた。
これが母なりの病気の受け入れ方なのだ。
事実 効き目がなく副作用が体を弱らせている状況でも、抗がん剤を止めない人がいるらしい。
主治医も相談員さんも言っていた。
母と共にいて、
抗がん剤治療ができる事=治る可能性が0ではない
この考えが心の支えとなってしまう事は自然の流れだと思った。
だって最初は治す為に治療を始めているんだ。
それが進行し「完治はない」と言われても、
少しでも進行が遅くなる治療を頑張って続きてきた母に
「はい。もう無駄だから、ホスピス予約しましょ」
とは言えない。
これは私だけじゃなく、家族皆が思っている事。
先生の言葉がオブラートに包まれていた為、事の深刻さが全くこちら側に伝わっていなかった事に気付く。
確かに母は“延命治療”は望んでいない
この話は前から伝えていた、一昨日も先生に話した。
だがそれは機械を取り付けないと心臓が止まってしまう位の状態になった時に
機械の力を借りず、自然の流れで逝かせてほしい
という意味
治療を諦めるとは言っていない。
当然だが主治医は、事実を確率を用いて患者に話しをする。
断定的な言葉使いは一切しない。
素人が使った“延命治療は希望しない”という言葉は
専門家からしたら、ホスピス行きを希望すると受け取らてしまう言葉だったのか
だからこんなにも勧めてくるのか
それとも私達が言いたい事も理解しつつ
選択肢の幅を広める目的で言ってくれたのかもしれない
今まで行われて来た 専門家と素人のオブラートに包んだ会話は
素人はオブラートに包まれている事に気付く事が出来ず。
受け取り方次第でこんなにも内容が変わるのかと、ぞっとした。
次の診察時ホスピスは希望しない事を主治医に伝える事を決める。
でも母のいない所で話をしなければならない。
一昨日の主治医との話が時間がかかってしまった為
何を話したのか?
自分はもう死ぬのか?
大丈夫だよね???
話から戻って、母から投げかけられた問い
ごまかした。
私は嘘をついた。
母への告知は私1人で決められなかった。
母は一番近くにいる私の動きに敏感になっている。
どうするか…
Android携帯からの投稿
主治医の余命宣告の後、以前言われた終末期の準備について専門の相談員さんに話を聞く事となった。
往診の先生、在宅看護士の準備とホスピスの予約
先月言われた主治医からの言葉は
「もし今後体調が悪く病院まで来られない時の為に往診の先生や在宅看護士を決めておいた方がよい。
そうすれば体調の悪い時に母が無理に病院に来なくてもいいから楽である。
今の状態から先生と信頼関係が出来ている方が、体調の変化も分かるからよい」
ホスピスに関しては
「今すぐという事ではなく、順番待ちで入りたい時に入れるモノではないから予約だけでもしておいた方がよい。」
と、こんな感じの言葉
母を傷つけない為にオブラートに包んだ言葉だった
往診の先生や在宅看護士は理解できるが、
“ホスピス”とは日常生活でこの言葉を発言する事自体が初めてなくらい
ざっくりとしたイメージしかない
だから専門の相談員さんが病院にいるのだろうけど、、、
相談員さんに詳しく教えてもらった。
ホスピスとは
別名 緩和ケア病棟
治療をせず、痛みや精神的苦しみを和らげ最後を穏やかに迎えられるようにする所
必要条件→治療をしない事を希望する人
予約時に必ず本人に治療しない事の確認をするとの事
母ははっきり言って、“治療する事が生きる原動力となっている人”
ホスピスの具体的な内容を言う事は
母に「今頑張っている事は無駄ですよ。」
と言っている事と同じ事
実際 9月に言われた「“新薬の開発”まで頑張る」と一昨日も言っていた。
それが無理なのは、母もきっと分かっている。
母は昔からどんなに辛い状況でも、常に前を向いて頑張っていた。
これが母なりの病気の受け入れ方なのだ。
事実 効き目がなく副作用が体を弱らせている状況でも、抗がん剤を止めない人がいるらしい。
主治医も相談員さんも言っていた。
母と共にいて、
抗がん剤治療ができる事=治る可能性が0ではない
この考えが心の支えとなってしまう事は自然の流れだと思った。
だって最初は治す為に治療を始めているんだ。
それが進行し「完治はない」と言われても、
少しでも進行が遅くなる治療を頑張って続きてきた母に
「はい。もう無駄だから、ホスピス予約しましょ」
とは言えない。
これは私だけじゃなく、家族皆が思っている事。
先生の言葉がオブラートに包まれていた為、事の深刻さが全くこちら側に伝わっていなかった事に気付く。
確かに母は“延命治療”は望んでいない
この話は前から伝えていた、一昨日も先生に話した。
だがそれは機械を取り付けないと心臓が止まってしまう位の状態になった時に
機械の力を借りず、自然の流れで逝かせてほしい
という意味
治療を諦めるとは言っていない。
当然だが主治医は、事実を確率を用いて患者に話しをする。
断定的な言葉使いは一切しない。
素人が使った“延命治療は希望しない”という言葉は
専門家からしたら、ホスピス行きを希望すると受け取らてしまう言葉だったのか
だからこんなにも勧めてくるのか
それとも私達が言いたい事も理解しつつ
選択肢の幅を広める目的で言ってくれたのかもしれない
今まで行われて来た 専門家と素人のオブラートに包んだ会話は
素人はオブラートに包まれている事に気付く事が出来ず。
受け取り方次第でこんなにも内容が変わるのかと、ぞっとした。
次の診察時ホスピスは希望しない事を主治医に伝える事を決める。
でも母のいない所で話をしなければならない。
一昨日の主治医との話が時間がかかってしまった為
何を話したのか?
自分はもう死ぬのか?
大丈夫だよね???
話から戻って、母から投げかけられた問い
ごまかした。
私は嘘をついた。
母への告知は私1人で決められなかった。
母は一番近くにいる私の動きに敏感になっている。
どうするか…
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