シングルマザーでも大切な人の為、大好きな音楽の為に生きる♪ -71ページ目

多分気付いてる

退院してから一週間が経過した。


主治医には母には告白せず、ホスピスも希望しない旨を伝え


予定していたMR、CTの検査を辞めてもらった。


理由は病院で待っている体力がないから



予定していたモノがなくなると、母が不安に思う為


主治医と母にどのように伝えればいいか相談した

「先週の入院時に撮ったから、必要なくなった」


と、主治医から伝えてもらう事に



当然だが、主治医は家族の前では

母の事を“終末期の人”と言う

母の前では“終末期を迎える患者”とオブラートに包んだ言葉を使う事に気が付いた。



初めて終末期の話をした時に、主治医は母の容体の悪化に気が付いたと言う。
だから 終末期の準備の話をしたと、、、


家族みなが驚いた。


治療の副作用で栄養失調で入院したり、今の母の状態より酷い時が何度もあった。


だが原因は副作用、容体の悪化ではない


このもっと酷い状態が記憶にある為、小さな容体の悪化に誰もが気付けなかった。


退院後の母はほとんど起き上がれず

食欲の低下、味覚の変化

が見られる。


主治医の言った【衰弱】と言う言葉の意味が、今ではよく分かる。



主治医からは、栄養面重視の食事よりも 母の食べたい物を優先させてもよいと言われた。


幸い食事を楽しいという気持ちがある。


「今日は何食べようか?」
 
「明日はどうする?」


なるべく母の気持ちが明るくなる話題を出す



“病は気から”




脳に転移してから、常に頭にある言葉



母にだけじゃなく、周りの環境を明るくする事の重要性



母は退院後毎日私が側にいる事や

自分の体の変化に気付き

時に「こうやって眠るように逝くのかね…」等の発言する回数が増えてきている


私は否定もしない

淡々と

「もっと酷い時もあったから、今の方が全然まし」

もしくは聞き流す


端から見たら、私冷たく見えるかも!

でも現実はこんなもんじゃないかと思う。



っていうか、いきなり私が毎日来る事に関して言われる事が実は侵害だったり (--;)


確かに毎日“母のいる家”に通った事はない、何故ならすぐ入院していたからだ!!!


と時に反論し(笑)


元気な時はお主は親友の所へ出かけていただろうがー!!!!

と、母からの今更しみじみ感謝の言葉に心の中でツッコむ(笑)


頭がはっきりしていないから、聞き流し作戦が通用するのが有り難い。


じっとしていられない母、このような状態になり毎日 娘にご飯を作ってもらうのも悪くないだろ?


こんなに時間を共有した事はあるか?


言葉数の少ない父の今までなかった母への声がけ


お姉さんも時間を作りご飯を持って来てくれる。

大きくなった孫もさり気なく、実家へ来る回数が増えている。


母は気持ちの波はあるが、とても穏やか


私達家族も穏やかに一瞬一瞬を無駄にしないように過ごしている(*^^*)


あといるだけでうるさいと言われる私が無意識に実家を賑やかにしてしまうんだなこれがッッ(>_<)スミマセン。。。


古い実家が壊れないかが今の一番の心配要素だったりしてる(--;)

長女の言葉

中2になる長女が私に言った言葉



「ババは90歳まで生きるんだよ」



「私達の結婚式にも出るんだって」



癌が見つかる前に孫に言った母の言葉





今の母の状態を知っているのに、疑いのない彼女の目に


なんでかな、救われた

嘘つき

母の状態変わらず



今は毎日側にいる


退院の日、病院から家に帰る時



思っている方向に足が進まない


頭でコントロールができないと…



ここ数日の母との会話はキャッチボールが上手く行かず


思いついた事を話の途中から、また話だす


さっきまで考えていた事を覚えていない。


声にも張りがない。


常にぼーっとしている感じ


母は「頭がクラクラした感じ」と言う



今この事で、母の親友から「病院に行かなくていいのか?」

と言われたと母から相談の電話がきた。



「病院に聞いてみる」と母に告げ一度電話を切る



実はさっきまで、母の今後、母は治療を生きる活力にしている事等を伝える為 兄夫婦と共に主治医と話をしていた。


そこで歩行が困難な事等母の現状を伝え、母の今後について 母がいたら話せない内容を話してきたばかり


もちろん母にはこの事言えるはずがない


だから病院には電話せず、時間をおいて

さっき主治医から聞いてきた事を伝えた。


体が思うように動かない事は脳に転移していれば起こりうる症状

食欲等あれば、病院へ行く必要はない事



主治医が電話に出てくれて、↑と言われた。

と母に言うと、“主治医の言葉である事”に母はとても喜び、安心していた。



母にとって主治医は、癌が見つかってから母の体を一番理解している人と認識し信頼している。


だから主治医の言葉というだけで、母に安心感を与える重要な存在。


余命宣告を受けた時も主治医へ出来る限り、診察をして欲しい事

伝えてた。


主治医の言葉である事は事実だ


電話はしていない。



決して自分を責めてはいない。



こういう一時、急に悲しみが押し寄せる。



ただそれだけ