前回記事(別ウィンドウで開きます)でもお話させてもらいましたが、我々の悪いクセとして、
(1)何でも他人と自分を比較しなければ気がすまない。
(2)自分が完全に勝っている場合は、相手を見下す。
(3)自分が勝てない場合は、勝つ努力をしたりはせず、逃げる。
(4)当然対人関係を円滑にすることなど出来ない。
という事がおおむね言えてしまうのではないでしょうか?
ではなぜ、言ってみればこんな歪んだ人間性を獲得してしまったのでしょうか?
また、これを何とか治していくことは出来るのでしょうか?
これらの点について、考えて行きたいと思います。
まずは何はともあれ、自分自身のこれまでを振り返ってみて、原因を探ってまいります。
自分は、中学校で勉強が出きるようになるまでは、自分自身では全く何の取り柄もないつまらない人間だと心底思っていました。
謙遜とかではなく、本当に思っていましたし、実際そうでした。
でも、最初の頃の記事(別ウィンドウで開きます)で書いた通り、中学校で大きな変化が訪れます。
それまで、泣かず飛ばずだった学業成績が、いきなり急上昇したのです。
正直、それまで誰からも軽く見られ、ほとんど人間として扱われることの無かった自分が、いきなりクラスの上位10%以内にまで成績がアップしたのです。
明確ないじめまでは受けることこそ無かったものの、完全に底辺にいたはずの自分に対し、周囲の目や扱いがはっきりと変わりました。
そんな自分ですから、隣の席の女子から教科書を広げて「ここ教えて?」と言われただけで、どれだけ舞い上がったか知れません。
自分はとにかく勉強が出来れば今までと違う人間=偉い人間になれるんだと信じ、とにかく勉強を頑張りました。
そして、少しずつ勉強の出来ないクラスメイトを見下し始めたのです。
「自分は他の奴らとは違うんだ」
「自分は選ばれた有能な人間なんだ」
「だから、こんな愚民どもと交わる必要もないんだ」
こんな馬鹿な勘違いをし始めたのも、この頃でした。
ですが、私にとっての「この世の春」は長く続きませんでした。
進学高校に進学した自分は、一瞬にして劣等生に逆戻りしました。
地方レベルですが、毎年何人も東大に入る進学高校でしたので、校内には基本的に中学校時代に勉強が出来た人しかいません。
そんな中での競争ですので、速攻で馬脚を表してしまいました。
今考えれば、自分もその学校に入ることは出来たわけですから、きちんと努力さえすれば、それほど落ちこぼれることは無かったはずです。
ですが、中学校時代のように圧勝出来ない状況から、簡単に逃げてしまったのです。
高校では3年間、ほとんどビリに近い成績でした。
元々の性格的素養も当然あったのでしょうが、おそらく自分の場合はこの流れにより、冒頭のような考え方を身に着けてしまったのだと思います。
何だか自分の中学から高校にいたるこの流れ、アルジャーノンを思い出しますねw
ベストセラー小説ですので、読まれた方も多いでしょう。
もっとも、少なからず運命に立ち向かおうとしたうえで、最悪の結果を受け入れたアルジャーノンと自分はちっとも重なるところはありませんが。
自分は圧勝出来るときだけ攻めて、圧勝出来なくなった瞬間に逃げたのです。
一度身につけた考え方、習慣はなかなか取れることは難しい。
でも、多分今の私は当時の自分よりももっと柔軟に色々なものを受け入れられるようにはなっています。
もちろん、色々な人との出会いがあってこその話ですが。
(そのあたりは、今後おいおいに話させて頂きます。)
次回以降、話題は継続となりますが、こんな状況に今なおいらっしゃるたくさんの方に多少の助けになれるよう、またこの問題を掘り下げて行こうと思います。
それでは、次回の記事もどうぞお越しください。
こんな馬鹿な勘違いをし始めたのも、この頃でした。
ですが、私にとっての「この世の春」は長く続きませんでした。
進学高校に進学した自分は、一瞬にして劣等生に逆戻りしました。
地方レベルですが、毎年何人も東大に入る進学高校でしたので、校内には基本的に中学校時代に勉強が出来た人しかいません。
そんな中での競争ですので、速攻で馬脚を表してしまいました。
今考えれば、自分もその学校に入ることは出来たわけですから、きちんと努力さえすれば、それほど落ちこぼれることは無かったはずです。
ですが、中学校時代のように圧勝出来ない状況から、簡単に逃げてしまったのです。
高校では3年間、ほとんどビリに近い成績でした。
元々の性格的素養も当然あったのでしょうが、おそらく自分の場合はこの流れにより、冒頭のような考え方を身に着けてしまったのだと思います。
何だか自分の中学から高校にいたるこの流れ、アルジャーノンを思い出しますねw
ベストセラー小説ですので、読まれた方も多いでしょう。
もっとも、少なからず運命に立ち向かおうとしたうえで、最悪の結果を受け入れたアルジャーノンと自分はちっとも重なるところはありませんが。
自分は圧勝出来るときだけ攻めて、圧勝出来なくなった瞬間に逃げたのです。
一度身につけた考え方、習慣はなかなか取れることは難しい。
でも、多分今の私は当時の自分よりももっと柔軟に色々なものを受け入れられるようにはなっています。
もちろん、色々な人との出会いがあってこその話ですが。
(そのあたりは、今後おいおいに話させて頂きます。)
次回以降、話題は継続となりますが、こんな状況に今なおいらっしゃるたくさんの方に多少の助けになれるよう、またこの問題を掘り下げて行こうと思います。
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<注意>
・対人恐怖症(あがり症)は神経症の一種です。
また、当ページの内容はあくまでも1個人の経験的主観に基づくものであり、
医学的根拠に基づいた治療方法について記載しているものでは必ずしもありません。
・ページ内で案内しているメール講座は、自分も対人ストレスを軽減するために役立ちました。
