対人恐怖症(あがり症)と一口に言っても、症状や状況は人それぞれ。
では私、対人恐怖症リーマン★やまだはどんな感じなのか?
そのあたりについて書いて行きたいと思いますが、まずその前に今回は
プロフィールに記載してあるよりも、もう少し詳しく、自分自身のことを知って
頂こうと思います。
<幼少時の自分>
物心ついた時には、あまり幼稚園の友達などと上手くやれない子供でした。
この頃は大型の市営団地に住んでいたので、近所に同年の男児もたくさんいたはずなのですが、
幼稚園から帰った後、そんな子たちと遊んだ記憶がほとんどありません。
多分このころから既に他人に対して恐怖心を持っていたのかも知れませんね。
<小学校時代の自分>
非常に地味で、あまり、いや全く活発に生活した記憶がありません。
こんなエピソードがありました。
そんな非積極的な自分の性格を心配してくれたのでしょう。
ある日担任の先生が、授業中に、他のクラスに届け物をするように指示をしました。
当然届け先のクラスも授業中ではあるのですが、ノックして入ってそのクラスの先生にプリントを渡すように・・とのこと。
全力で(と言っても静かに)拒否はしたのでしょうが、抗えるわけもなく届け先のクラスまでは移動しました。
でも、自分はノックすることが出来ませんでした。
ノックすることが出来ずに、届け先のクラスのドアの前で、ただじーっと立っていたのです。
じーっと立ったまま、自分はきっと他の子よりも劣った人間なんだろうな・・と考え続けてました。
その時のことが、今でもフラッシュバックのように頭に蘇ります。
<中学時代>
積極的な性格になって欲しい親(親はむしろ出たがり)に、強制的に野球部に入部させられる。
(抗えないのです。性格的に。)
当然、同級生、上級生から一瞬でパシリの座を頂くことが出来ました。
正直この頃は完全に劣等感の固まりだったので、その立ち位置を受け入れ、弱者として生活していました。
ただ、この頃一つめの転機が訪れます。
自分は勉強は特に出来るわけでも、出来ないわけでもなく、まぁ中くらいの位置をふらふらしていました。。
塾や習い事など一切やらず、家庭学習もほとんどしてなかったのですから妥当な話ですが。
しかし、その頃始めた通信学習の進研○ミが自分に合ってたんでしょうね。
メキメキと勉強が出来るようになりました。
一学年500人位中10位前後位まで学力が上がりました。
これ自体は良いことだったのですが、対人恐怖症(あがり症)がそれほど改善もしていない状態なのに、
勉強が出来ない人を見下すという最低の人間になってしまいました・・・。
書いてたらとめどなく長くなってしまいました・・。
高校時代以降はまたにします。
(読んでくれてる人がいるとうれしいのですが)
対人恐怖症(あがり症)を克服するために、ただ行った手法を伝えても意味が無いと思い、
まず自分の人となりを皆さんにお伝えしたいと思い、長々と書いております。
退屈かもしれませんが、一人でもお付き合いして頂ける方がいることを信じて
記事を更新して行こうと思います。
それでは次回の記事も、どうぞよろしくお願い致します。
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<注意>
・対人恐怖症(あがり症)は神経症の一種です。
また、当ページの内容はあくまでも一個人の経験的主観に基づくものであり、
医学的根拠に基づいた治療方法について記載しているものでは必ずしもありません。
・ページ内で案内しているメール講座は、自分も対人ストレスを軽減するために役立ちました。
