私の独立騒動 | (社)あがり症克服協会 鳥谷朝代のあがり症克服講座

(社)あがり症克服協会 鳥谷朝代のあがり症克服講座

中学の本読みで発症以来17年間苦しめられたあがり症を克服。
14年勤めた名古屋市役所を退職し、(社)あがり症克服協会を設立、理事長に就任。
元あがり症ならではの視点で、あがり症克服に関する情報や、教室風景を発信していきます!

私は12年前に独立・起業したのですが、それまでは、とある話し方教室の講師だった。


その教室であがりを克服させていただいた恩義から、週に3回は講座のお手伝いに行っていた。


その先生に、ある日突然、


「今日限りで辞めてください。あなたの担当の生徒も一緒に連れて」。


先生とその家族の個人的な事情、いわゆるお家騒動に巻き込まれたのだった。


「ただし、僕の講座名とテキストは今後一切使わないで。「あがり症」という言葉も、使わないこと」。


愕然とした。

来週には、自分の担当の授業がある。

一週間でテキストを作った。


生徒さんや取引先には本当のことを言えず、ただただ謝罪した。

先生の名誉のために、誰にも真実を言わずに、長年お世話になった教室を去ることになった。


のちに知ったことですが、私が勝手に独立したことになっていたらしい。


辛かったけど、恨んでも仕方ない。

とにかく前を向いた。


やがて、


「あんなにみんなのために頑張っていた鳥谷さんが、自分勝手に独立するはずがない」


という声が上がり、事情を聞きに来てくれる生徒さんが出てきた。


何も言えない私の思いを察し、黙って付いてきてくれた生徒さん、

四面楚歌状態だった私に、手を差し伸べてくれる人もたくさんいた。


カルチャースクールへの営業、ビラ配り。

どんな小さな仕事でも頑張った。


地道に活動していくうちに、最初は数人だった生徒さんが、口コミなどで徐々に増え、

2年目には、前いた組織より大きくなっていた。


風の噂で、その団体は数年後に衰退してしまったと聞いた。


正直、あのときバッサリ切ってくれて良かったと、今では感謝している。

あのままいたら、今のような展開はなかったから。


今が一番幸せ。

責任は重いけど、自由に好きなことができる。

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長年一緒にやってきたスタッフ(メンバー)や生徒さん(ファン)より大事なものなどない。


最初は仕事が減ったとしても、感謝の気持ちと信念があれば、這い上がれる。

私の体験談です。


頑張れ、4人。応援しています。