人は心配事がある時、


ああでもないこうでもない、


もう考えるのは止めようと


言い聞かせながらも


囚われてしまう事があります。


この心の迷いはどうして 


起こるのでしょうか。




いとは


八十八の道と書きますが


色々な道が考えられて


どこに行って良いか迷う事です。



自分の経験や


テレビや本で読んだ知識、


人から聞いた事などから


どの道が良いのか


グルグルと駆け巡るのが迷いです。



その結果もう考えるのをやめ、


零点に戻る時


良い方法が思い浮かぶものですが


これを言霊学で言うと


色々な考えが出て来る


大もとの心の宇宙である


言霊アに帰る事です。



アに帰るとは


人間の主体性が回復し


葛藤を繰り返していた


経験知を自由に選択し


実行に一歩踏み出すことが


できる実践智、言霊エが


働き出してくれます。



ところが


大半の人々はこの葛藤を


一生続けていてます。





零点にすることを知らず


一生の間続く心の葛藤は


何に原因しているのかというと


遊魂です。




遊魂とは


人間の魂が何かの誘惑に乗って


遊びに出かけて帰って来ないことです。


人はその遊びに出た魂を自分自身だと


思い込んでいます。




昔から


憑依霊とか霊に取り憑かれたと


言いますが


魂が遊びに行って


帰ってこないのです。





遊魂の遊び先は


あらゆる経験知、観念、


信仰、理論や


たばこ、酒、美食、贅沢、ギャンブル


多種多様です。


理論やお酒を飲む事、


美味しいものを食べる事は


悪い事ではありませんが 


その中に溺れてしまっては


万物の霊長の資格を


放棄してしまう事になりかねません。



自分が遊びに出たまま


帰る事を忘れていることに気付き、


他人の理論や習慣、


ギャンブル、酒にのぼせ上がっている


魂を鎮めて自主性に帰る事を


神道では


鎮魂帰神と呼びます。



ほとんどの人は自分が遊びに出たまま


帰る事を忘れ、


魂の住家を意識出来なくなっていることに


気づかないでいるようです。





遊魂から言霊の原理を考えても


分かったようで分かりません。



魂の帰る住家は


生まれ前から存在し、


生まれるとそこに生み落とされ


そして、今まで絶えずその中に


息づいている所


「今此処」に


意識を帰すことです。



経験を積み、


知識を増やして行くのは


進歩の学問です。



魂の故郷に帰る道は


退歩の学問です。




全ての人に気付きがありますように…キラキラ