今日、少し用事があって新宿に行ってきたんです。
それで、少し遅れてしまって、でもトイレ行かなきゃっ! って焦ってトイレ行ってきたんですよね。
そこの水洗トイレって、前に立っても水が流れない仕様のやつだったんですよ!
ボタン押さないとダメなの!
僕もう、そんな仕様のトイレ初めて見ましてね。
なんと言いますか、ジェネレーションギャップ(笑
んで、僕はスマホで音楽を普段から聴いているのですが、ひとまず便器の上に置いて用をたしたんです。
すべての工程を終えて、「うし、急いで行くか!」ってボタンを押してスマホを掴もうとしました。
その瞬間、、、
手がすべて、水が流れ始めた便座の中にぼちゃん。
……(゜Д゜)?
ついでに、スマホのカバーも外れる。
Σ(゜Д゜)!?
あっはー、またやっちまったぜ~……orz
ぶっちゃけ、ほぼ水没してしまったので、認めたくないのですよ。
壊れてたらどうしようって。
修理代かかるしー、って。
でも、起こってしまったことは、気持ちはどうあれ、まずは認めなくちゃいけないんですよ。
認めなくちゃ、仮に壊れてしまったとしても修理に出しませんよね。
人生で起こるすべての物事も同じなのです。
取引先に伝えるべきことを伝えてなかった。
必死で受験勉強したけど第一志望に落ちた。
身体を壊して、健康が著しく悪化している。
それはもう、結果なんですから認めてしまわないとダメなんです。
認めないと絶対に先に進めないんです。
取引先に連絡を忘れたのだって、
「あの時、Kさんが話しかけてきたから~」
とか
「オレが落ちたのは塾の講師の教え方が悪かったからだ!」
とか
「身体を壊したのは社会の仕組みが悪い」
とか
自分以外の人物事象に責任転換をすることは簡単です。
そして、なにより楽ですし、「自分は悪くない」と思えるんです。
でもですよ?
僕はそれでは先に進めないと思うのです。
次連絡を忘れないように工夫することも、
受験で失敗した理由を考え、改善することも、
壊れた身体を直すための努力も、
全部が全部やらないんです。
その先に、僕は希望がある未来があるとは到底思えないのです。
だから、なにかが起こったら、まずはそれは「認める」ことが大切なのです。
認めることが第一歩です。
別にいきなり、
「俺の人生は、俺が行ってきたすべての結果だ」
とか思わなくていいんです。
ていうか、普通無理です。
「認める」というのは練習です。
お箸を使えるようになるのと一緒なのです。
だから、まずは小さなことから、見つける度に
「よし、そうか」
と思えばいいんです。
例えば、朝のニュースで天気予報を確認する。
「よし、今日の降水確率は68%か」
そう認めた瞬間、
折り畳みを持って行くか、
普通の傘を持っていくか、
あるいはなにも持っていかないかを決められるんです。
忘れ物に出先で気づく。
「よし、次からは前日にすべて用意して、目に付くところに置いておこう」
忘れ物をした事実を認めた瞬間、次の解決策が見つかるんです。
僕の場合ですけど、
統合失調症でなんにもできなくなる。
↓
「よし、今はゆっくり休んで英気を養おう」
という風に思うようにしました。
自分がその病気だと、認める。
むしろ、長年の友人のように認める。
そうするとあら不思議、気持ちがすっとするんです。
「俺、統合失調症だけど、なに?」
と思えるようになるんです。
俺はこんな病気になりたくなかったー、いやだー、とケンカしてたら、病気の方もあなたに反発してきます。
ケンカは凄まじいエネルギーを使いますよね?
だからしんどいんです。
認めて、友人になってしまえば、そのエネルギーをもっと他のところに使えるようになります。
正直、統合失調症なんて友達になんかなりたくないですよ。
こっちから願い下げです。
でも友達に、それもおそらく一生の友達になってしまったんですから。
関わりたくなくても関わってしまうんですから。
だから、僕は心地よい距離感を模索したんです。
そうすることによって、僕はこの統合失調症と付き合っていけるようになったんです。
どうせ誰にも認めてもらえないなら、せめて自分だけでも認めてやりたいじゃないですか。
……ひとまず、スマホ、一応使えて安心です。