思考が停止し始めてから、早数日。
思考の上には壁があるみたいだし、
常に靄がかかった状態で拭えないし、
感覚がどんどん麻痺してきています。
そんな中、僕は昨日、とある方とお話しさせて頂きました。
その方は看護師も経験されてた方で、うつ病の患者さんとかともお話をされた経験がある方でした。
僕は「思考がブロックされてて、なにかしたくてもなにもできない」と思わず弱音を漏らしたのです。
そして言われたのです。
「思考はブロックされてないよ」
物事は考え方次第なのだと。
ほんの少しだけ考え方を変えるだけで、プラスにもマイナスにもなるのだと。
正直に告白しますと、少なからずむっとしてしまいました。
でもです。
お話を聞いて頂く中で、お話を伺う中で、僕はある事に気づいたのです。
確かに、僕らのような精神疾患を抱える人間は、思考がブロックされていないのだと。
これに気づいて、僕は「ブログを書く行動が起こせない」と数日ブログを放置してたのを、
「これは書かなければ!」
と思い、またこうして書けるようになったのです。
ですが、ちょっと待ってください。
先ほど「思考はブロックされていない」と書きましたが、実はこれ、「ウソ」なのです。
正確に言えば「すべてが正しいわけではない」ということです。
これはどういうことか?
それは、、、
僕らは、本当に思考が止まっている時があるからです。
残念ながら、これは普通の方には、一生わかって頂けない感覚なのだと思います。
というのも。
例えば、友達と会話をしていたとしますよね。
そして、思考が停止した瞬間、僕らは日常会話程度の言葉すら理解することができなくなります。
まず、会話を「言葉」として認識できません。
そして、それだけでなく「音」とすら知覚することができなくなります。
単純に、相手の口から発せられた物質が、自分を通過していくような感覚になるのです。
健康な方にもできる限り想像しやすそうなイメージを伝えますと、
僕らは地球上にいる限り、「空気」の中にいますよね。
では、その「空気」を常に知覚して生活しているでしょうか。
と言っておいてなんですが、僕が言いたいのはそういうことではないのです。
「空気」というのは在るのが「当たり前」で、そもそも知覚する必要のないものです。
僕がここで言いたいのは、
「ここが酸素で、これが窒素、それが二酸化炭素だな」
というのを理解できるのか、ということです。
その「空気」にどんな成分がどのように含まれているのか、それがわかるのかどうか、ということです。
僕らはそれをすべて認識できますでしょうか?
残念ながら、そんな人は存在しないと思います。
これが、僕らが言う「思考がブロックされた」感覚に近いものなのです。
そこに在るのは解っているんです。
そこに在るのは知っているんです。
でも、「それ」がなんなのか、どういう構造なのか、どんな内容なのか、一切わからなくなるのです。
そして、その状態になると、常に頭の中に靄がかかった状態になってしまうのです。
念のために付け加えておきますが、僕は別にその方が僕らの状態をわかってないとか、そう言うつもりは一切ありません。
むしろ、その方はかなり優秀な方だと思いました。歴戦の経験者だと感じました。
安心感を与えてくださり、そんなちょっとしたことで前に進めるのだと背中を押してくださる素晴らしい方だと思いました。
僕らの状態を少なからず理解してくださり、受け入れてくださり、その上で「もう一度」と後押ししてくだる、僕らには何よりも得難い存在でした。
では、何故そんな方が「思考はブロックされてないよ」とおっしゃられたのか?
そこで僕はある事に気づいてしまったのです。
僕らは思考を停止し続けてない、と。
確かに、事あるごとに思考が停止してしまうのは確かです。
科学的云々で証拠を見せられても、本人の『自覚』に勝るものはありません。
例えば、仲の良かった友達が、ある日から自分とは別の親しい友達とつるみ出したら、あなたはどう思われますか?
「今まであんなに仲が良かったのに!!」と怒りを感じますか?
「あいつよりもオレの方が仲が良いのに!!」と嫉妬しますか?
「一番仲が良かったのは自分なのに…」と悲しみを感じますか?
残念ながら、いくら外から、
怒りを感じているのに「嫉妬してるだけだろ?」と言われても、
嫉妬しているのに「落ち込んでるだけじゃん」と言われても、
悲しみを感じてるのに「裏切られたと思ってるだけ」と言われても、
「そんなんじゃねえよ!」
と思いませんか?
とある人の行動を
ある人の主観では「あいつは間違ってる」と感じ、
またある人の主観では「なんて素晴らしい人だ!」と感じているのです。
つまるところ、各人の「主観」こそが、各人の「真実」なのです。
所詮、客観は主観には勝てないのです。
ですから、周りの人がどうのこうの言おうとも、当事者にとっては、「思考停止」は紛れもない真実なのです。
でもですよ?
その「思考停止」状態が、24時間、365日続きますか?
実はそうなのです。
停止し続けてないのです。
いくら僕らが「思考が停止してる」と思っても、その『瞬間』が過ぎてしまえば、
普通に会話の内容を理解できるようになりますし、意味がわかるようになるのです。
なので、どんなに思考が止まっていると必死に伝えても、頭に靄がかかって考えづらく感じても、解って頂けないのです。
何故なら、その瞬間、あなたは意味ある言葉で、意味のある内容を考えて伝えられるからです。
普通に会話が成立しているのです。
では、あなたが逆の立場の時、例えば相手がいくら
「さっき、そこの交差点で事故死した地縛霊と話したんだが、地縛霊って実は楽しいんだな!」
と言っても理解することができるでしょうか。
できるわけがないのです。
何故なら、あなたは幽霊が見えないですし、会話なんてできるわけがないのですから。
「人魂を見た!」と言って幽霊に怯えても、
「人魂はリンが発光しているだけ」と思っている人にとっては、幽霊なんか存在してないんです。
だって、主観で「そうだ」って思ってしまうんですもの。
主観で思ってしまったことが、なによりもあなたにとっての『真実』なんですもの。
そして、僕はこれらのことに気づいて、2つの事がわかったのです。
1つ。僕は思考は停止し続けてない。
2つ。主観が変われば真実が変わる。
つまり、
「思考が停止してなにもできない」
↓
「思考は停止し続けてない。むしろ考えられる瞬間の方が多い」
↓
「ちゃんと考えられる!」
ということです。
しっかりと考えることができるんです。
ちゃんと思考することができるのです。
僕らは、なにも考えられないロボットじゃないです。
僕はまた一つ、自分を鼓舞できる、大切なものに気づくことができました。
昨日、僕の弱音を聞いてくださったお二人に、この場に感謝の意を記させて頂きます。
また今この瞬間から、僕は一歩前へ進むことができました。
本当にありがとうございました。