森野徹42歳は幼いころ、福岡市で暮らしたことがあり、実は大の九州ファンである。女性はなんといっても博多美人が一番と思っている。が、妻の遥香さんは群馬産で麻生久美子さんが千葉産というのは、一体どういうことなのか不思議でならないが、人生とはままならないものである。
そういう徹なので、ななつ星には乗りたくてたまらない。おひとり様60万円だろうが何だろうが、遥香さんを出し抜いても乗りたい、と思っている。が、お財布の中はいつも千円札が数枚と小銭がじゃらじゃら鳴るばかりなので、費用面での問題は全くめどが立っていない。が、なんとしても乗りたい。なので、さっきも専用パンフレットを申し込んだばかりだ。
一応、旅程を確認しておこう。なになに・・・まずは湯布院ね。それから・・・いきなり宮崎ね、それで・・・霧島から阿蘇ね・・・なるほど・・・こりゃ確かに列車そのものをお楽しみください、だな・・・いっそのこと、3泊4日、ずっと乗りっぱなしでもいいのに、九州二周くらいしてもいいのに・・・
とかなんとか、ひとりでブツブツ言っている。こういう時の徹は、背後に遥香さんがナイフ片手に近寄ってきても、きっと気が付かないに違いない。
しかし、問題は費用だな・・・(というか、それ以外の問題が一体どこにある?)
遥香さんに一応聞いてみるか・・・いや、やっぱ無駄だよな・・・どうするか・・・イチかバチか、ボーナスの時期だけ、給料の振込口座を変えようか・・・でも、言い訳は何にしよう・・・給与厚生課の手違いという理由はどうだ・・でも、ばれたら殺されるしな・・・やっぱ、地道に宝くじ買うしかないか・・・でも、毎回毎回の出費も痛いしな・・・このマンション、売るか・・・でも、どうやって引っ越すか・・・
考えたところで1000円亭主にできることなどない。が、今日の徹は違った。ある考えが、突然舞い降りてきた。
そうだ!これだ!
九州に転勤させてもらえばいいんだ、それで、このマンション売ってしまえば、一挙両得じゃないか!これしかない!なんだ、俺って、天才かも!
自分の考えに有頂天になる徹。で、思わず、隣の遥香さんに向かって、
ねえ、それがいいよねえ!
・・・
こういうところが徹は間抜けなのである。興奮すると、ついつい隣にいる遥香さんに語り掛けてしまうのである。いきなり、それがいいよねえ!といわれた遥香さんには、なんのこっちゃわからない。
なに?なにがいいって??
だからさあ、九州に転勤して、ここを・・・(あー、いっちゃった・・・もう遅いよ、徹くん・・・)
ここをなに!
・・・いや、こっちのこと・・・
ここをなに!!!言えよこら!!!
・・・い、いや、・・・こ、ここはどうすんのかな・・・って・・・
バカかお前、お前ひとりでいけや。ここはこのまんまだよ。
・・・
ということで、九州方面に転勤になったとしても、どうやら単身赴任ということらしい。が、それはそれでいいかも、ひょっとすると、麻生久美子似の中洲美人と・・・
とまあ、そういう儚い想像を楽しむしかできない徹であった。ななつ星は、はるか天空にある。星って、そんなもんでしょ・・・
・・・
・・・
つづく