その日は夕方だった。
まだ外が少し明るくて、でも空気はもう夜に近づいている時間。
ホテルの駐車場に一台の軽が入ってきて、少し迷うように停まった。
しばらくエンジンは切られなくて、
中で深呼吸しているのがなんとなく分かる。
数分後、ドアが開いた。
若い子だった。
たぶん20代前半くらい。
周りを一度見てから、小さく足早に入口へ向かう。
部屋に入ってきたとき、最初に言ったのは
「…すみません、ちょっと緊張してて」
だった。
「大丈夫ですよ、みんな最初はそうなんで」
そう返すと、少しだけ笑ったけど、手はまだ落ち着いてなかった。
ソファに座ってもらって、少し話をする。
「こういうの、初めて?」
「はい…というか、こういう相談自体が初めてです」
目はこっちを見たり外したり、忙しい。
「何かきっかけがあって来た感じ?」
少し考えてから、ぽつりと。
「…なんか、よく分かんなくて」
「分かんない?」
「はい。周りは普通に楽しんでる感じなのに、自分だけ、なんか…途中で冷めちゃうというか」
言いながら、少し恥ずかしそうに笑う。
「嫌ってわけじゃないんですけど、でも…乗り切れない感じで」
無理に深掘りはしない。
「そっか。それ、結構あるやつだよ」
そう言うと、少しだけ表情が緩んだ。
「ほんとですか?」
「うん。珍しくない」
それだけで、肩の力が少し落ちたのが分かる。
最初は、とにかく何もしない時間を作る。
部屋の静けさに慣れてもらうだけ。
さっきまで落ち着かなかった呼吸が、
だんだんゆっくりになっていく。
「…なんか、思ってたより普通ですね」
「よく言われる」
また少し笑う。
そこから少しずつ距離を詰めていく。
急がない。
確認しながら、ゆっくり。
最初は少し身体が固い。
でも、しばらくすると変わってくる。
「あれ…なんか、さっきと違うかも」
小さくそんな声が出る。
「いい意味で?」
「…はい」
目を閉じる時間が増えていく。
途中で一度、ふっと息を吐いて
「なんか、考えなくていいの楽ですね」
って言った。
たぶんそれが一番大事なポイントだった。
今まではずっと、どこかで考えてたんだと思う。
ちゃんとしなきゃとか、
こうじゃないとダメとか。
時間が進むにつれて、表情も変わる。
最初に入ってきたときの顔とは、明らかに違う。
緊張してた目が、だんだん柔らかくなっていく。
「こういう感じ、初めてかも」
その一言は、小さかったけどはっきりしてた。
終わったあと、少しぼーっとしたまま天井見てて、
しばらくしてから
「…なんか、普通に良かったです」
って言った。
大げさじゃなくて、でもちゃんと実感がある言い方。
「それならよかった」
そう返すと、少しだけ照れた感じで笑った。
帰る準備してるとき、
「また来てもいいですか?」
って聞かれた。
「もちろん」
そう答えると、
「今度はもうちょっとリラックスして来れる気がします」
って。
最初の一回って、やっぱり特別で。
不安もあるし、勇気もいる。
でも、その一歩で変わることもちゃんとある。
あの日のあの子も、たぶんその一人。