その日は、雨だった。
駐車場に入ってきた車のワイパーが、ゆっくり止まる。
エンジンはすぐに切れたけど、しばらくドアは開かなかった。
数分後、助手席側から降りてきた。
落ち着いた服装。派手さはないけど、どこか丁寧に整えられている感じ。
年齢は30代半ばくらい。
部屋に入ってきて、最初に言ったのは
「こういうの、初めてじゃないんですけど…ちょっと緊張しますね」
だった。
「慣れてる人の方が、逆に緊張することありますよ」
そう返すと、少しだけ笑った。
ソファに座って、少し話す。
「今日はどういう感じで?」
そう聞くと、少し間があってから
「…家では、もう全然なくて」
視線を落としたまま続ける。
「嫌いとかじゃないんですけど、なんかもう、そういう空気じゃなくなっちゃって」
「旦那さんと?」
「はい。もう何年も…」
言いながら、苦笑い。
「最初は気にしてたんですけど、最近はもう“そういうもの”って思うようにしてて」
少し間が空く。
「でも、それでもやっぱり…って感じで」
無理に深くは聞かない。
「そういう人、多いですよ」
そう言うと、少しだけ顔を上げた。
「ほんとですか?」
「うん。表に出てないだけで」
その一言で、少し空気が変わる。
最初は、ゆっくりした時間。
外の雨の音だけが静かに続いてる。
「こういう時間、久しぶりかも」
ぽつりとそう言う。
「普段、忙しい?」
「仕事もあるし、家のこともあるし…気づいたら一日終わってますね」
力を抜く時間が、ほとんどないんだと思う。
少しずつ距離を詰めていく。
急がず、確認しながら。
最初は少し身体が固い。
でも、時間と一緒に変わっていく。
「あ…なんか、力抜けてきたかも」
小さくそう言う。
「いい感じ?」
「はい。なんか、安心してる感じがします」
途中でふと、
「こういうのって、もっと気まずいと思ってました」
って言った。
「気まずい?」
「なんかこう…変に意識しちゃうというか」
少し笑いながら。
「でも全然違いますね」
時間が進むにつれて、表情が変わる。
最初に入ってきたときの、どこか張り詰めた感じがなくなる。
目を閉じる時間が増えて、呼吸も深くなる。
「家だと、こういうふうにならないんですよね」
静かにそう言う。
「いろいろ考えちゃって」
その“いろいろ”が、きっと積み重なってた。
しばらくして、
「なんか…ちゃんと自分に戻ってる感じします」
って言った。
その言い方がすごく自然で、作ってない感じだった。
終わったあと、少しだけぼーっとしたまま座ってて、
「…来てよかったです」
って、ゆっくり言った。
大げさじゃなくて、でもちゃんと実感がある声。
帰る準備をしながら、
「こういう時間って、必要なんですね」
ってぽつり。
「たまにはね」
そう返すと、小さくうなずいた。
ドアの前で、
「また来てもいいですか?」
って聞かれた。
「もちろん」
そう答えると、
「次はもう少し、余裕ある状態で来れそうです」
って少し笑った。
雨はまだ降ってたけど、
来たときよりも、少しだけ軽い足取りだった。