ハワイ州でもデルタ株が猛威を振るう兆候が見えてきた。


そんな中、ワクチンを打つか打たないかが自分の中の大問題になっている。反面、ハイチで起きた大地震や、アフガン情勢の悪化などは他人事として、「大変だね〜」の一言で済ませてしまう。


何でもかんでも親身になって抱えてしまったら、首が回らなくなってしまうので、人間どこかで薄情に成らざるを得ないのだが、耳に入った事にある程度の意見を持つことは大切だと思う。


その意見の根拠を常に磨いていると、自分への問題が差し迫った時、少々なことでは、気持ちが揺るがなくなると思うからだ。




コメンテーターや占いばかりを当てにし、神頼みばかりする人は、何事も他人任せで責任転嫁ばかりしているんじゃないかな?


要領よくその場を凌いで来た人に信念は生まれにくいように思う。


自分が納得しないことに流されずにいると、結果失敗だったとしても、そこから学んだ事が信念に変わるんだと思う。


脳に何でもかんでも詰め込むと、矛盾だらけで混乱してくる。

その時、他人が作った物差しで取捨選択しているとやはり信念は育たない。


信念が有れば、脳に入れる前にある程度仕分けが済んでしまうから、心もフットワークも軽くなる。


その信念とは、頑固とは違う気がする。

頑固をNo を言う力だとすると、信念は Yes を言い、受け取る力だと思う。


自分に信念があるかどうかを見分けるには、友人を観察すれば一目瞭然に分かる。類は友を呼ぶからである。


それでもって信念は、元々持っている感性と直結していて、本当にやりたいことが何なのかを見つけ、バランスを取り続けるアンテナ(触覚)の役目もしている。


そのアンテナでつながる人脈は、太く長く、ご先祖の縁の地と深く関わっていたりするから不思議だ。