今更 | Afro-Qってどういう意味か議論するブログ。

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法政大学・中央大学トライアスロンチームAfro-Q

長いです













おばんです、ユウキです。


生存報告と本格競技復帰したときの自分へのメッセージを兼ねて、デュアスロンのカーフマン太平洋いわきステージのレースレポ書きます(今更)。


まず何で僕がデュアスロンに本格的に取り組もうと思ったかをザックリと話していきます。


色々あり練習モチベが大分下がっていた2年の冬、このままだとさらに練習しなくなると思い練習の「つなぎ」のために南関東ステージのオープンクラスに参加することにしました。

自分のレースは特筆することも無く終わりましたが、安木の応援でエリートのレースを見て、完走を目指して必死に走る安木や集団を形成し切磋琢磨し合っている他大の同期らの姿にかなりの刺激を受けました。

そこから半年後、3年のインカレでランがレース内自己ベスト(過去記事参照 といっても40分切っただけですが)のタイムを出し、「調子が上向きなのにここで走るのをやめたら勿体ない。なら今年のデュアスロンを本気で走ってみよう」と思ったのがきっかけでした。


デュアスロンの練習を始めてすぐにあいちゃんが盗難に遭いデュアスロンどころか学生の間レースをやめることも考えていましたが、両親をはじめとしたたくさんの人の協力で新しいバイクを入手し、ハード面では今までで最高の状態にすることができました!!

BianchiNEWモデルのFENICE。ヨダレが出るくらいこの子もカッコいいです。



※以下南関東ステージ(日本学生デュアスロン選手権)の出場権に関する話が出ます。かなり複雑なので分からない方はカーフマンHP見てください。

スタートリストから判断するに、バイクで順位を稼ぎランを18mと20mで走れたらギリギリで南関東ステージ出場できると思ってました。長くなりましたがレポ書いていきます!!


-total-

1:25:26(39) 80人


-1stRun-


17:18(57)


ほぼ最後尾からスタートし、最初は川名と共に走る。

自分が速さとスピードを両立できるキロ3分半(5キロ17分半)で走る練習を積み重ねてきたから感じることができたが、明らかにそのペースを超えてる。エリートってこんなはえーのか、ヤバい…。

しかし焦らず飲み込まれずを意識した。ここで後ろの集団が切り離されつつあることに気付き、確実に下位層にとっては明暗を分けるポイントになると判断。ペースアップし前の集団に食らいつく。

後半辺りで周りを見つつパックを組むことになりそうな人を観察し、その一人と展開を話しつつトランジへ。


-1stトランジ-


「あ、これソッコーで行かないと人数少ない。急がないといいとこ入れない」と思ってめっちゃ焦る。


-Bike-


48:20(40)


ゼリーを咥えながら結構前にいる4人ぐらいの集団目指してガチ踏み、やっぱり急がないとまずかった。

第3パックぐらいだったが序盤のうちに前をどんどん食いつつ付いて行けない人を切り離し、最終的にバイクが速い6人の集団で構成された。

しかし今までとは全く異なる乗り味の新しいバイクに振り回されるばかりで、ブレーキングミスったり想定よりかなり早く脚使い切ったりとレースで一番しんどい時間になった。山ちゃんも先頭集団からちぎれてた。

ギリギリまで飛ばすという集団の意向をガン無視してラストはセカンドランに備えて(あとちょっと攣ってた)ペースダウンし、ペナルティを受けないように慎重に降車。


-2ndトランジ-


攣った右の太腿が動かず、止む無く少しだけ止まる。落ち着いて呼吸を整えてからスタート!!


-split-


1:05:38(44)


-2ndRun-


19:48(31)


前述の通り身体の限界はかなり近かったが、このレースのために用意し走り方を覚えてきた新しいランシューのお陰で想像以上に走れた。

トライアスロンでのランパートは自分にとって追い付かれないための「守り」の種目で基本的に惰性で走っていることが多かった。

しかし今回はエリート出場権を手に入れるという明確な目標と、今の順位では絶対にそれが不可能だという危機感があったため「攻め」の走りに徹することができたというのも一つの理由であったと思う。

バイクのラストで見送った人たちのうち一人を除き全員回収し、スピードを保ち体力を丁度使い切ったところでゴール。直後に下半身固まって動けなくなったあたり、最初から最後までギリギリスレスレのレースだったんだなと痛感…。


~まとめ~


ランのタイムが及第点以上だったことが本当に嬉しかったです!!

コツコツ練習することの大切さを改めて学びました。

止まった部分があったりしたものの、トータルで考えるとそれらも必要だった要素であり、あれ以上速いタイムで走るのは不可能でした。バイクに関しても走り込みが足りなかったのは事実ですが、バイク納品からの時間を考えると正直なところベストを尽くしたレースだったと今でも思っています。


だからこそCTL84位で選手権を逃したのが本当に悔しくて仕方ありませんでした(ボーダー80位、多分10秒差ぐらい)。

これだけやっても出られないのかと壁の高さを感じたのはありましたが、反対に練習モチベが底だった5月時点でのラン45分から今回のラン合計37分まで上げてきてエリート完走・選手権惜しいところまで行けたのは逆にすごいことだったんじゃないかとも思いました笑(単純計算になりますが)


また、インカレ後からこのレースまでの2か月半を通して、ゼロからチャレンジすることの楽しさ・バイクに乗れることの素晴らしさ・緊張感のあるレースのワクワクを1年生の関カレ以来に味わいました。

それらはそう何度も味わうことができません。だから今の就職活動が終わったら本格的に練習を再開し、次こそは選手権決めに行きます!!


また悔しい思いもしたくないので就活終わったらしっかり練習してください(自分へのメッセージ)













もしこんな記事を最後まで見てくれたアフロメンバーがいれば、来年一緒にデュアスロンやりましょう!!