お疲れ様です。
切り替えが早いのは弘実です。
僕の唯一の取り柄であります。
さて、昨日は関カレでした。待ちに待った関カレ。
結果はインカレ決めれず。
応援してくださった人たちにはものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいです。
ではレースレポートを書きます。
スイム
23.47
上陸してタイムを見た時、かなり焦ったのを今でも鮮明に覚えている。練習不足ではなかったのでなにが行けなかったのか皆目検討がつかない。
なぜか原因がわからないから余計に焦った。ここで焦ったのがあまりよろしくなかった。
バイク
1.05.30
1番練習してきた種目。最初は慶応の人が近くにいた。途中からは見なくなって、筑波の堀先輩と和光の阿久津先輩に登りで抜かれる。下りを攻め、登りはフラットに行こうと思っていたので、下りで前に出れるため、登りで抜かれる分には気にしなかったが、速かった。もちろん意図的なドラはクラマタ先輩も書いているが、気分が悪いのでしなかった。ラストは折り返し地点で新堀先輩や増田先輩の位置を確かめどれだけアドバンテージがあるのか計算して、自分の順位を聞きランの体制へ。
ラン
42.03
砂利道の半周もしない内に10人ぐらいに一気に抜かれる。バイク終わりに64番と聞いていたので74番あたりだと思っていたので、かなり焦る。そして、一周目を終える頃にはユウキにも抜かれ80番台をさまよう。上げなきゃいけないのは身体も脳みそも分かっていたが、なかなか上げれなかった。
二周目に入って、尾形先輩に抜かれた時はマジで心が折れかけた。折り返し地点では結構差があったから、その人たちが自分のすぐ後ろまで来ていると思った時にはもう泣きそうだった。これ以上ずるずるペースを落としつ続ければ、また無念のレースをしてしまう。
たぶんこの時他大学の人の順位を聞いてそれを参考に自分の順位を推察するとインカレ圏外だったと思う。85.6番か。もう、最後に抜かれた人について行くしかないと思い、ついてくのに必死。
しかし、この一年間練習Onlyでやって来た自分にとっては諦められない。諦めたら自分の中には何も残らないし、その先もないと思った。そっからの記憶はほとんどないが、80番でゴールしたのは覚えている。
なんで80番でインカレにいけなかったっていうとどこかでゼッケンを落としてそのままレースをしていたからです。その結果ペナルティをとられて91位です。
こんな誰もおかさない様な凡ミスでインカレにいけないのは悔しいけど、いつまでもウジウジしててもみっともないのでこのブログを機に吹っ切りたいと思います。思えば、去年のスプリントからまともなレースをしてなかった気がします。カーフマンは二週間前に腸脛靭帯を痛め、そのまま出場しセカンドランでは歩行困難になりながらの完走、スプリングではランの潰れ具合が半端なくあえなく失敗。しかし、今回はミスはあったもののレースは本当に最後のランで自分があそこまで追い上げれるとは思わなかったです。
腸脛を痛めてから一ヶ月ぐらい休んで、4月の間はインターバルをするたび違和感があったが、蒲郡選手権前後くらいから完全に違和感はなくなって適度にできだした。折れそうな気持ちを立て直せたという点で今は、ある程度満足してます。
レースレポートはここまでにして、自分がインカレに行けなかったのはもう全然いいんですが、嬉しかったことがふたつあります。1つはカズがゴールした後に僕の走りを見て力をもらったということを言われたこと。2つ目はレース中に筑波の堀さんに『お前には負けねーからな』といわれたこと。
なんか、自分の存在がそこにあるというか、誰かにやっと少しでも実力を認められたというか。嬉しくてしょうがなかったです。インカレでこういう人たちと集団で回せたら楽しいだろうなと思うと悔しい気持ちがまだこころの中にあるのかなと思ったりも。まぁ時間が解決してくれるでしょう!!!
それでは、インカレを決めた皆さんファイトです!!!!
特に常聖とアズマクッスには本当に悔いのないレースをしてほしいです!!
大会運営に関わった学連の皆さん、応援してくれた沿道の人たち、アフロの皆さん、OBの大山先輩、柏木先輩
運転をしてくれた先輩、本当にありがとうございます!!
弘実。
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