まなこのゆるりモロッコくらし* -13ページ目

まなこのゆるりモロッコくらし*

モロッコ エッサウィラでモロッコ人夫と息子とのゆるい暮らし。

今日の我が家のお昼ごはんは、私の苦手な羊?の内臓とホンモスの煮込み。

ホンモスは好きだけど内臓の煮込みはどうしても好きになれない。。。

においも味もダメゲロー


うん、こんな時こそチャンス!!

父に持ってきてもらった救援物資を味わおう

お蕎麦と納豆

納豆恋しかったぁ。食べたかったよー!!

納豆、わかめ、だいこんと生姜のすりおろしにめんつゆかけて簡単お蕎麦


あーーーー日本の味。幸せ

みんなで分け合うモロッコだけど、誰にも食べる?と聞かずにひとりで完食いたしました。
ほら、みんな初めてだから蕎麦アレルギーとか怖いしねてへぺろ

午後はエッサウィラに滞在中の日本人の女の子に新市街のおしゃれカフェに連れて行ってもらった


普段なかなか来ないエリアにこんな素敵なカフェがあったなんて〜
ケーキもとっても美味しかった
これは徒歩圏内なら通ってしまうな。
浪費防止にはこの距離がちょうどいいのかもしれない。。。

メディナばかり行ってないで新市街を探索するのも新しい発見があって楽しいかも!

そしてやっぱり日本人との会話は最高
この一年でお話しした日本人は片手で数えられるくらい。
もう少しで発ってしまうなんて寂しい。。。

これからエッサウィラにお越しの方、遠慮なくお声がけください

今日はそんな良い一日でした
先週、父が家族に挨拶するため初めてモロッコにやって来ました。

長旅で疲れるからこっちでゆっくりしなと言ったのに、結局たったの4泊5日。実質滞在は3日間。短い。。

海外旅行慣れしているとは言え、ツアーではない個人旅行は初めての父。

飛行機の乗り継ぎ大丈夫かなとか、こっちに着くまでハラハラ。

私もまだ少し出血が続いていて安静期間だったから一緒に街を歩けるかポテトに影響がないか心配だった。

できるだけ体に負担をかけないようにおもてなしをしようとゆうことで、マラケシュの空港までのお迎えはサイードにお任せ。

無事にエッサウィラまでやって来ました。


そして 父、今回は家族に挨拶と言いながら、
なんと、まさかの

女連れ。

・・・・・・・・。

いやいや非常識すぎるだろ!!!
私だって初対面だし!!

モロッコではまだまだ「交際=結婚」の考えを持つ人が多くて、ボーイフレンド・ガールフレンドという感覚がわからない人も多い。

日本でも非常識だと思うのに、モロッコの家族にはどう見えることか。。。

でも来る前から頭を抱えていた私が可笑しかったみたいで、意外にモロッコ家族の方が受け入れてくれた。

娘の私はやっぱり最後まで複雑だったけど。
まぁいろいろ気遣ってくれていいひとだったけどさ。

わざわざ日本からやって来る父に文句を言うこともできないから大人の対応しました。

でも案の定、街を歩いてるとみんなに「お母さん?」と聞かれ、面倒だからその質問はすべて無視。

何はともあれモロッコ家族との初対面は言葉が通じないながらも和やかに過ごすことができてひと安心。

私がよくユーモアで乗り切っているように父もユーモアで馴染んでた。親子だな。

我が家ではお姉ちゃんがおもてなし料理を作ってくれたり、親戚が豪華なお茶の席を用意してくれたり、エッサウィラらしい魚のBBQを食べに行ったり、食事も楽しんでもらえたみたい。



父がエッサウィラに着いたあたりから私の出血が止まって、街歩きはタクシーを使ったり休み休み歩いたりしてなんとか3日間エッサウィラを案内しながら一緒に過ごすことができた。
ポテトがんばったなーキラキラ

若くない父にもあれくらいのペースでちょうど良かったのかもしれない。

父は「やっぱり(おもちゃの)ガラガラ買ってくればよかったなー」と連呼しながら、あちこちの店先でおもちゃを手に取ってはニヤっとして、日本に帰ったらマタニティ期やポテトに必要なものを買って送ると言ってくれた。
すでにじじバカちゅー

ガラガラって聞きすぎて最終日の夜ポテトが手にミニチュアのガラガラ持って産まれてくる夢みたわ。

でも私たち家族の過去の暗黒の歴史から、父とモロッコの地で一緒に街を歩くなんて本当に信じられない状況。

それもこれも私たちを再び繋いでくれたサイードのおかげ。
そしてポテトのおかげ。
その2人に出会わせてくれた神さまのおかげ。

せわしなく動いて、3日間はあっとゆう間に過ぎました。

さすがに体が疲れて心配だったので、帰りもマラケシュまでのタクシーを頼んでエッサウィラでお見送り。

父、タクシーに乗るなり、涙。
おばさん彼女曰く飛行機でも泣いたらしい。

練習してきたらしい英語でサイードに
「please take care of my daughter」
と託して帰って行きました。

私も急に寂しくなって、やっぱりこの日本から遠く離れた地で不安があっても本心を話せたり話さなくても理解してもらえるような人がいなくて、自分で思っているより我慢したり頑張ってることがあったんだなと気づいた。

自分のことをわかりやすく心配してくれたり想ってくれる人が身近にいることの有り難みを感じました。

でも父の涙を見たらなおさらここでポテトを無事に出産できるように頑張ろうと気持ちが強くもなったキラキラ

次会うときはポテトを抱いてもっとデレデレな姿を見るんだろうな。

・・・ちょっと怖い。笑

BBQ帰りにみんなで撮った家族写真ニコニコ
前回書いた出血時のエコーは、前の健診からほぼ2ヶ月ぶりでした。

ポテトはもう全身が画像に入りきらないくらい大きくなっていて、先生がどんどんとせわしなくあちこちチェックしてくれるものだから、目が追いつかず、ゆっくりポテトを見ることができなかった。


でもそろそろ性別もわかる頃。

お股が映った時ばかりは画面をガン見真顔


・・するも、やっぱり素人にはよくわからず。

サイードは男の子か女の子かは産まれた時のサプライズでもいいと言っていたから聞こうかどうか迷う。。

でも私は名前も考えたいしやっぱり事前に知りたいなぁ。
 

なんて考えてたら、



先生さらっと





It’s a....





BOYだね、と。



えーーーーーーーーーーー!!ポーン

男の子!!!!!!!!!


ほんとに!????と繰り返し聞くと、

80%男の子。
残りの20%は産まれた時にわかるよって。


びっくり。。。。


なぜか私ずっと女の子だと思い込んでた。

いつも産まれた後の妄想は無意識に女の子でしてた。

男の子。。。

どやって育てるんだろ。笑

いや、女の子でもわからないけど。笑

男の子でも女の子でもどちらでもいいと言っていたサイードは嬉しそう。

私は女の子だと思ってたって言ったら、サイードは「「ポテト」って呼んでたからだよ。女の子なら「ポテタ」って呼ばないと!」って。
(アラビア語の女性名詞は最後の母音がaになる)

ポテタって呼ぶ準備はしてたんだけどな〜。

もちろん「健康に生まれてくれればそれでいい」っていうのが第一だから、元気でいてくれればどちらでもいいんだけど

男の子かぁ〜

そんなわけで、ただいま頭の中
「女の子➡︎男の子」切り替え作業中です。
数日前の朝トイレで

ん?

なんかうっすら茶色いものがポタッと。。。

これは、出血、、、?

今まで経過順調でこんなことは初めて。

お昼まで様子見たけどやっぱり少しずつ出てる。。。

怖くて、連日早朝からの仕事で仮眠しに帰ってきてたお疲れのサイードを起こして、ドクターに電話してもらうも数日カサブランカで勉強会に出ていてエッサウィラにはいない、と。

ネットで調べたり日本の先輩ママ友達にメッセージして、「とりあえず横になって安静に!」てことはわかった。

心配したサイードが仕事に戻るときにクリニックに寄ってくれて、その日別の先生を呼んで診てもらえることになった。

ママやお姉ちゃんは痛みがないなら大丈夫よって言うし、ポテトも変わらず動いてるし、大袈裟なのかもしれないけど、何かあって後悔するくらいなら、診てもらって安心したい。

先生の到着に合わせて、またまたなんとか仕事を抜けてくれたサイードと落ち合ってクリニックへ。

言葉がわからないとこうゆう時ひとりで病院にもいけなくて困る。

エコーの結果は、幸い異常なし。

赤ちゃんも子宮も問題ないらしい。

良かった。。。

最近少し出歩きすぎだったのかな。
前の日も帰り道にはお腹クタクタだったもんな。
自分は体力あると思って大丈夫な気がしてたけど、妊娠はそんな単純じゃないのね。
反省
友達も高齢妊婦は産むまで慎重にと言われたらしい。安定期だからって無理しちゃだめなんだな。

毎日働きながらとか上の子を育てながら妊娠生活をしてる人はいったいどうやって乗りきってるんだろ?
ほんとに尊敬です

張り止めの薬と痛み止め?(※)の薬を処方してもらい、ひとまず10日間は安静にしてなさいと言われておしまい。

来週は父がモロッコに来るし、マラケシュにも行く予定で楽しみにしてたのに

さらにサイードから家事禁止令が出たので、ほとんどママとお姉ちゃんにお願いしていて、申し訳ないやら肩身が狭いやら。

とほほ。。。

出血以外に特にお腹が張る感じも痛みもないし、動きたくてうずうずするけど、とりあえず父が来るまでは言われた通り家でゆったり過ごそう。


(※)今回の薬
・プロゲステロン(黄体ホルモン): 張り止め
・フロログルシノール : 痛み止め?
日本で一般的な薬ではないようで詳しくはわからず。。。
今我が家では風邪ひきがひとりふたりと
妊婦がいるから気をつけようとゆう感じはなく、お姉ちゃんとか口を覆わずふつうに私の目の前で咳をしてくるので日々恐怖です。。。



妊娠がわかってからしばらくは「ベビ」と呼んでいた赤ちゃん。

ある日テレビでフランス語の「Petit」が目に入って、そこから「プティ」と呼ぶように。

さらにそれが、
「プティティ」アラビア語で”my”をつける感じ
「プティタ」女の子バージョン
「プティト」男の子バージョン
と変化していって、

いつのまにかサイードが

プティト➡︎「ポテト」

と呼ぶように。

え、、イモ!??

数年前サイードの職場でお昼にジャガイモたっぷりのタジンを毎日ご馳走になっていて、私がよく「またバタタ!(=イモ)」と言っていたら、社長さんが私を「バタタ」と呼ぶようになり(今はマティーシャ(トマト)に改名)、「バタタ」の子だから「ポテト」だと。

まぁその頃の赤ちゃんはたしかにイモくらいの大きさだったけどさ

結局呼び名は「ポテト」に落ち着きました。

なんだかんだでかわいい

そして胎動かな〜と思っていた動き、やっぱり胎動だったみたいです!

動きを感じることが増えてきた

ごはんの後がアクティブなような。

ポテトは私に似て食いしん坊なのかも
最近はできるだけ毎日少しでも歩くようにしようと思い、お昼ごはんをサイードの仕事場に届けるとゆう口実で夕方近くにメディナまで散歩をしてます。

ちょうど日も少しやわらぐ時間。

日光はカルシウムの吸収を高めるらしいしお腹の子のためにも日陰を選んで歩くよりもっとお日さまにあたった方がいいかなぁ〜と思って、ちょっとだけ遠回りしてビーチ沿いを歩くようにしました。

日差しがあったかい〜

少しイスに座って海の香りをたくさん吸う。
太陽に向かってお腹もポカポカ
お腹の中で感じてるのかな〜。


ある日はサイードと一緒にビーチ散歩

ある日はモロッコ女子友だちとビーチ沿いのカフェでおしゃべり

ある日は少し離れた場所からサンセットを眺め。

最近はこうやって太陽と海を楽しんでます
ただ今妊娠20週目。

お腹も少しずつ大きくなっているみたい。

日本では6ヶ月に入ったところ。
モロッコではフランスと同じ月数の数え方みたいで5ヶ月にあたるらしい。

近くにママ友もいないし、頻繁な健診もないから、妊娠に関する情報はほとんどがインターネットから。

あちこちに18週ころから胎動を感じるかもと書かれてるから、時々お腹に神経を集中させてみるけど、全くわからず。。。

なんとなくお腹の中でポコポコいってる気もするけど、腸の動きのような?

今回は健診の間が2ヶ月あくから目に見えない赤ちゃんがお腹で元気にしてるのか不安で、

サイードに「ねぇ胎動感じないけど赤ちゃんは元気なの?」と聞いては、「元気だよー」の返事。

うん、信じるしかないんだけどさー。

妊婦さんはみんな同じように大なり小なり不安を抱えて頑張ってるんだろうな。


そして20週に入って数日。

時々どんっとかぐぬ〜とお腹に感じることが増えたような。

どんっとなった時にその場所押してみるとまたどんっとなったり。。。

さすがにうちはレスポンスしないよね。

とゆうことは、コレが胎動とゆうもの!??

確かめたくて寝転がって静かにどんっ待ちするとシーン。。。全く動く気配なし。

先日たまたま会ったヨーロピアンの7ヶ月の妊婦さんに胎動を待ってるって言ったら「その時期を楽しみなさい♡そのうち夜も寝れないほど動くんだから!」と言われ、そうか〜気楽に待とうと思えました。

とは言えやっぱり早く動くのを感じてひとつ安心したい!


↑毎日チェックしてるアプリ。
赤ちゃんが様子を教えてくれるのがかわいい。
そして妊娠もあっとゆう間に半分経過!
10ヶ月長ーいと思ってたけど全然かも。。

前回「モロッコ生活大変ー」と書いたらいろんな方から心配や応援のコメント・メッセージいただきました。

ありがとうございます

もちろん楽しい幸せな時間もたくさん過ごしているのでご安心ください


そしてこれも前回書きました。

ただ今モロッコで妊娠中
これからは妊娠記録も残してみようと思います。

ヒトの妊娠に興味ないよーという方はスルーでお願いします


妊娠が発覚したのは日本一時帰国中。

生理こないなー。
旅疲れのせいかなー。
でもいつもより生理前症状が長く続くなー。

なんて思いながら「まさか」もよぎる。

「まさか」ならモロッコに帰る日も近づいてくるしどうしたらいいのか早く確認したい。。。

出先で立ち寄ったドラッグストアで妊娠検査薬を買って帰った。

結果、妊娠陽性

えーーーーーポーン
予想外の展開!!!

望んでなかったという意味ではなくて。

サイードは子供がほしくてインシャアッラー(神様が望めば)だけどできると前からなぜか確信してた。

私は妊娠にはかなり高齢と言われる年だしそんな簡単にできないんじゃないかなーと言いながら基礎体温のチェックはしてたんだけど、結婚からまだ間もないし、まさかまさかの展開。

「子沢山な国モロッコのパワーだびっくり
としか思えなかった。

2人で陽性を確認して、驚きすぎる私の横でめちゃくちゃ嬉しそうなサイードさん。

翌日さっそく病院でエコーしてもらって子宮に小さな袋を確認。

ほんとに妊娠してたぁ目キラキラ

まだ超初期だったけど状況も状況なので、帰宅してすぐ父に報告。

私は恥ずかしかったからサイードに伝えてもらった。

父、号泣。

「ありがとうサイード」と泣く父とハグするサイードを見て私も涙。(でも私にはひと言もなしかい!

母もビックリしながら喜んでくれた。

そして、この状態でモロッコに帰るのか問題。

先生に「モロッコに帰る予定なんですけど、飛行機は大丈夫ですか?」と聞いたら、飛行機は流産の原因にはならないから問題ない、と。

2週間後に心拍確認するからそれまでにどこで出産するか決めてきてねーと言われておしまい。

・・・・悩む。

モロッコより日本の医療の方がずっといいに違いないし、自分の家族も友達もいるし、安心。
でもサイードは今日本に住むことはできない、と。
サイードだけモロッコに帰すか!?(本気)

日本に居たいよー!と本当に思ったけど、前は日本に住めと言っていた両親にも「サイードが帰るなら一緒に帰りなさい」と言われ。

そりゃそうか。
次の診察で問題がなければモロッコに帰ろう。

そして2週間後の病院で赤ちゃんの心拍も子宮の状態も問題なしと確認してもらい、無事モロッコに帰ってきました。

たった2回だけど日本のお医者さんに診てもらって日本語で話しが聞けて少し安心できた。

さらに自分の親に直接報告もできて、少しの時間だけど妊娠期間を親や友達と共に過ごすことができて、神様がタイミングをみてその機会を与えてくれたんだなぁーといろんな奇跡に感動しました

日本でもあちこち出かけ、モロッコの家までの長旅もさすがに疲れてお腹張り張り。

不安定なあんな超初期にモロッコ⇄日本の旅を赤ちゃんよくがんばったなー。

その調子で強く育ってほしいわ。



モロッコの両親も妊娠を心待ちにしていたので、すごく喜んでくれました

新しい生活のスタートです
ちょっと遅くなりましたが、

あけましておめでとうございます

サナ サイーダ

今年もどうぞよろしくお願いします

こちらは忘年会もクリスマスもお正月も特別なことはなく、年末年始感まるでなし。
それじゃあ寂しいので大晦日にケーキだけ買ってもらいました


昨年は、
2月にモロッコに引っ越し、
モロッコ家族と同居生活を開始、
約2ヶ月かけて結婚手続き、
ラマダンで1ヶ月断食して、
モロッコの結婚式して、
サイードの日本ビザ申請して、
私のモロッコビザも申請して、
イードでヘロヘロになり、
初めてサイードと一緒に日本に一時帰国して。。。

かなり濃い一年でした。

生活も文化も宗教も言葉も全く違う環境で生きてきたモロッコ家族との生活はストレスの連続で大変だったぁ。

家族を優先して「合わせなきゃ」と考えると自分がなくなっていくようで怖くなったし、サイードとの時間より圧倒的に長い家族との時間に「わたし誰と結婚したんだ?」って不満も募り。

何度も爆発しては部屋に引きこもり、泣き、サイードに当たり、の繰り返し。

でも日本滞在から少し気持ちが変わりました。

2人のしたいことを考えて、
2人のための食事を用意して、
2人で家事を協力して、
2人の時間をたくさん過ごして、
日本の家族も2人の時間を大切にしてくれて、

家族と同居して大家族の中にいても私たちは「2人家族」でもあるんだってことに改めて気づいた。

それからは、家族と生活が少しずれても食事だったり外出だったりサイードとの時間をもっと持とうと思うようになったし、自分のしたいこと食べたいものだとかも少しずつ主張できるようになった。

私が大変だったことは、家族にとっても大変だったと思う。
引きこもったときは訳も分からずババとママが本当に心配してくれた。
お姉ちゃんと険悪になった時もあった。
でも今もみんなで笑い合うことができる。
そんな家族に感謝。

まだまだ今年もいろんな葛藤が続くだろうけど、大切なことを見失わないように暮らそうと思います。



そして、今年は「2人家族」からさらに「3人家族」になりそうです

急な展開&未知すぎて不安と期待が行ったり来たりだけど、

春に無事小さな命に会えるように、
モロッコでがんばります

皆さんにとって、私たちにとっても、
良い一年になりますように
こちらの朝ごはんは毎日パンとモロッコティーですが、

今日は朝起きた瞬間「ご飯が食べたい」気分。

雑穀米を炊いて、おにぎりと簡単わかめスープで朝ごはん。

うん、これが落ち着く。

やっぱり日本人だな。


お箸は昔からお世話になっている美容師さんからのプレゼント

サイードとお揃いの名前入り夫婦箸

こっちで使ってまーす!
ありがとうございます