花鳥風月 -3ページ目

―夜光虫―

私は元ダイバー

色々な海の表情を幾度となく見て来た

穏やかな時もあれば、気が変わった様に荒れ狂う時もある。



簡単に表現すれば、思春期の子供みたいな感情だね



一旦海中に潜ると、世間の雑音は消え、静かな世界。



聞こえるのは呼吸音と自分の心音だけ…


海中の生物達も、異世界からきた生物に警戒を示す


たまに幼魚を守る親魚に見とれたり、
潮の流れになびく海草を見ながら手を休める、このような光景を見ると、さほど地上の光景と変わらない




ある日、夜の海に潜る事になった



初めての挑戦


ライトを片手に潜水開始



夜の海は昼間と違い、より静かで
海底まで闇が降り立っている



「気を抜いたら死んじゃうかもな…」


そんな思いが頭を過ぎる。



潜行するにも周り一面闇、微かなライトの光だけが頼り


海底に着き、手探りで仕事をこなす。



約20分の潜水。



作業が終り浮上



ユックリと浮上していると、海面に近付くに連れ、月の光がぼんやりと見えて来る




手足を動かす度に全身に光が走る
夜光虫だ…




プランクトンの一種で刺激をうけると発光する




私が全身に夜光虫をまとい光に包まれながら、浮上していると魚達も夜光虫を刺激しながら泳ぎ回っている



まるで目の前で花火が上がってるかのよう



とても綺麗だ…
仕事の疲れも忘れ周りの光景に酔しれる






海面に出て見れば、優しく照らす月の光…ゆっくりと波打つ海面…




「今日も何とか生きて帰ったな…」
そう思いながら船縁に腰を降ろし煙草に火をつける…




良く人から言われた…
「夜の海に一人で潜るなんて自殺行為だ、普通の神経じゃ無理だぞ」と…




確かに自殺行為だな


神経の作りが人とは違うのかな?



その時の呼び名は「海蛇」
あまり嬉しくない…



もうダイバーの仕事を離れて二年
最近海が恋しい



もう一度…夜光虫を纏い…
何も考えずに夜の海に身を沈めて行きたい…

―私は一体何?―

私は一体何なんだろう…


他人からは強く見られる
何も悩み事が無い様に見られる
仕事に関しても何一つ穴が無い様に見られ、何事も完璧に出来る様な人間に見られる…



私は…
そんなに強くない…


自分でも判る、とても強がってると…





でも、正直人には弱みは見せたくない、甘えるのが下手だし、自分で何でもやって行かないと気が済まない。







それも最近じゃ、自分に嘘をついてる様でとても気が滅入ってる…


本当の自分を見付けてくれる人が欲しい
私がプライドを捨てて、流れる涙を見せれる人を……




今の私は、まるで…言葉を覚えかけの子供の様…………




上手く物事を表現出来なくて…
感情に身を任せる…







誰か私を見付けてくれ…





私を側に置かせて下さい…………





私はここにいます…

―哀しみの底から…―

私がとても愛した人…



何時も側に居てくれて、少しのわがままなら聞いてくれ、悩んで落ち込んでいる私の側で優しく微笑んでくれていた、最愛の人…


どんな事が起きても、そのか細い体をずっと抱き締めて、貴女の綺麗な指先をずっと放したくはなかった…



ずっと一緒に居れる…必ず二人で幸せになろう… 本当に幸せだった…




しかし…悲しみは突然だった…



顔色が悪く私の傍らでうつむいて震える彼女…




そして突然の告白


「私、長く生きられない…今まで有り難う、ずっと一緒に居たいけど、私…癌なんだって…迷惑かけたくないから、バイバイするね…」



この言葉だけは私は絶対に忘れない…





それから私は、毎日彼女の病室に通い、「早く良くなったら海に行こう!」「美味い店見つけたから、腹一杯好きなヤツ食わせてやる!」そして、「働き出したら直ぐに迎えに行く!誰が何と言おうと、お前は俺の嫁になれ!」


日々やせ細っていく彼女を見ながら、そばで励まし続けた…涙だけは見せず…






それから二か月…


治療の施し様もなく、彼女の容体は悪化…
連絡を受けて、病室に着いた時…

彼女の命は風前のともし火…


泣きながらの問い掛けに、私の方を向き…にこやかな笑みを浮かべ…涙の後…を震える指でなぞってくれた…


彼女は一言も声を発する事もなく…

生涯を終えた…


泣き続けた…まるで母親をなくした子供の様に…



「愛してる」とも言えずに…






それからの私は廃人同然、周りに流されるまま結婚、そして離婚…遂には地元も離れた、一人で居たかった…何事にも干渉したくなかった…



淡々とした日々が続き、知らない地に身を潜め、人生を終わらせたかった

しかし、転機は訪れた。

ある日、会社の同僚と飲みに行った時に、私が忘れていた、人を好きになる感情を思い出させてくれる女性に出会った。



とても優しく、とても強く、常に前を見ている人だ。 正しく一目ボレだった。


叶わぬ恋かもしれないけど、それからというもの、毎日の生活に希望がよみがえって来た。久しぶりの感情だ



迷惑でなければずっと好きでいたい…




人は一人じゃ 何も出来ないな…


人を愛する事、
私はこの感情を大事にしていきたい…