『両親が怪しい宗教にのめり込み、それが少しずつ、家族のかたちを歪めていく…』
そう、聞いたら、あなたはどんな物語を思い浮かべるだろう?
歪んでしまった家族の再生の物語?それとも、物語が進むにつれてどんどん壊れてくる救いようのない、そんな物語だろうか?
この、今村夏子さんの『星の子』の物語はそのどれにも当てはまらない。少なくとも、私はどちらにも当てはまらないと、そう感じた。
何故なら、主人公のちひろと、その両親は幸せだからだ。
ちひろは幼い頃体が弱く、それをきっかけにして両親は宇宙を信仰するという怪しげな宗教にのめり込んでいく。そののめり込み方は常軌を逸する。ちひろの生活環境に対し虐待と言う表現を用いる人もいた。
けれど、その中でちひろは、やはり幸せなのだ。その『異常』な彼女にとっての『日常』をそれでも楽しく歩んでいる。
私はこの本を読んで、何とも言えない悲しさと気持ち悪さ、怖さを感じた。しかし、それと同時に、1つの幸せな家族の形も見えたのだ。それが、私がこの本を読んでからずっと感じているもやもやの正体かもしれない。
最終的に解決してない問題も多く、読者の創造力をかきたてる。
ラストのシーンが正にそれだ。ちひろがひたすらに『寒いから帰ろう、ほら、流れ星が見えたから戻ろう』と両親に言うのに対し『私たちには見えなかった』と丘で家族3人で星を眺め続ける。それで、終わりなのだ。この物語は。
文章にはその内容しか書かれていない。そこから、どう読みとくのかは読者の自由である。
私は、最初、率直に『死』を連想してしまった。このまま、朝になったら3人で冷たくなっているのではないか…、と、読んでいるときは考えてしまった。しかし、読んだものを噛み砕いていくと、両親の中にも沢山の葛藤があったのかなあ、とも思う。
この宗教を信仰しながらも、本当は『これじゃいけない』『少なくとも娘はこれではいけないのかもしれない』という思いがあったのではないか。自分たちから離れて生きていく道を歩ませるべきかもしれない。けれど、娘を愛しているからこそ、離れがたい。そんな、子供じみた葛藤が、あのシーンにあったのかもしれないな、とも思う。
この作品は、芦田愛菜主演で映画化される。私は、ご縁があってこの作品のエキストラとして参加させていただいた。本を読んで、より一層映画への期待も高まった。一体監督、演出はこの物語をどう解釈したのだろう?どう映像化したのだろう?そこに、救いはあるのか。全くないのか。
是非、劇場でも確認してみたい。