「おい。」
「・・・。」
「ちょっと、聞いてるの?」
「・・・っ?」
ビクっと、小さい肩を一瞬震わせ、声のする方へ振り向いた。
「なぁに、ママ?」
「これーーー・・・」
私と母親のやり取りはいつもこうだ。
だいたいは、してほしいことに指を指したり、拙い単語で私に伝えてくる。私にとってはそれが当たり前だった。
慣れた頃には、もはやそれが一文として聞いているような感覚さえあった。それを自覚したのは、小学校高学年の頃のこと。
母親は、日本語が苦手なのだ。今思えば当たり前だ。日本に来て間もない外国人なのだから。
そう、私はハーフ。それを知ったのはだいぶ先のお話。小学校にあがり、クラスメイトの女の子に言われて知ったのだ。
そんなある日のことだった。
ふと、私は疑問に思った。
『何で私は名前で呼ばれないんだろう…?』
ーーーそう、父親は名前で呼ぶのに、何故か母親は私を名前で呼ばないのだ。それどころか、それまで生まれて一度も、名前で呼ばれた記憶が無かった。
いつも私を呼ぶ時は、おい、お前、ねぇ、このどれかの呼び方をするのだ。
幼い子供なら、疑問に思って当然だ。
「…ねぇ、ママ?」
両親がいる前で、私はその疑問を口にし始めた。
「ママはどうして、私に名前があるのに名前で呼んでくれないの?」
徐々に震えていく自分の声。子供の自分にでもわかった。
「ねぇっ、名前で呼んで…?」
言い終える頃には、微かに体が震えていた。そして、母親の顔をじっと見た。
「ーーー・・・っ」
口を開きかけ、パクパクさせるような仕草。
「…し、し…ごめん、何だっけ?」
母親が、一瞬顔を伏せるような仕草を横目に、私は溢れそうな涙を堪えるのに必死で、そのまま父親に抱きついたのを、今でも忘れない。
ただただ、幼い私には、悲しくて。
大人になった今でも、この当時のことを思い出すだけで、涙が溢れてくる程に、私の心には深くトラウマのような傷が、今でも残っている。
その傷が少し治ったのは、最近のお話。